『・・・で?何なの?』

皆が集まるリビングから、ナミはルフィを睨むように見下ろし医務室を鋭く指差した。



03.The sun set.



先程、買出しに出かけた筈のルフィとサンジ、ナミの三人がたった一つの「荷物」を手に帰ってきた。 その「荷物」はルフィが着ていた上着をぐるぐると巻かれ、ナミやサンジ、サニー号に残っていたメンバーは中に何が入っているのか分からなかったが、 船内に帰って来た時のルフィ達の顔つきと、チョッパーを直ぐに呼び医務室へ向かわせた事から 各々どう言った状況なのか少しながら解釈出来た。

もう陽が暮れている。船内は黄昏色に染まり、眩しい西日が窓から入り込む。 けれどまだチョッパーが医務室に居る、と、言う事は治療中のその人物に問うことは出来ない。 ナミは少々混乱しながらも、船内に招き入れた理由を今すぐ明確にしようとルフィへとにじり寄った。

『知らねぇ』
『は??』

ナミへと視線を返さず、何処か面白くなさそうな顔をしたルフィはポツリと言い放つ。 こういう顔をしている時のルフィは普段冗談ばかりのふざけた態度とは打って変わり、突然真摯になる。 思わず眉を顰めたナミだったが、もう一度疑問を口にした。

『なんで連れて来たのよ』
『すげぇ怪我してたからだ』
『サンジくん、サンジくんは見たの?』

大きな商船の外で騒ぎが収まるのを待っていたナミは、中で何があったのか知らない。 少しばかり服を汚したサンジと、コートに「何か」を包んでいたルフィの顔つきが険しいものから 問題らしきことがあったのは読み取れたが。けれど船内に帰って初めて、治療室に向かったのは人だと言う事を知った。

『いや、すぐ戦闘が始まったから良く見えなくて』
『もうっ!』
『すみません、ナミさん』

しかしサンジは反省の色も無く「怒った顔も素敵だ」、とか言うものだから更にナミの怒りを買う。 そんな様子を見て、ウソップは溜息を零し、フランキーとブルックは小さく笑った。 ゾロに至っては状況を理解しつつも、飽きてしまったのだろうか、いびきをかく程の深い眠りに入っている。

『・・・面倒事を街で起こさなかっただけ良しとしましょうよ』

苛立ちを感じていたナミの近くで腰を下ろしてたロビンが静かに口を開く。 情報量の少なさで討論をしてもなんの結果も出ない。 言葉をやりあうのは構わないが、知らないまま想像し仲間同士揉めるなんて意味が無い。 ロビンがそう言うと、その隣に居たフランキーも頷く。二人がそう言うならとナミは仕方なくその場に座り込んだ。

いつもいつも面倒な事件を起こす船長だと知ってはいたが、入港間もなくこんな事になろうとは。 盛大に溜息をつくと、頬杖をついて医務室のドアを見た。その時、



『終わったぞ!』

意気揚々とチョッパーが医務室のドアを開けた。 顔の表情から手当てした人物は命に関わるほどの容態ではないらしい。 面倒はゴメンだと言っていたナミは無意識に表情を明るくさせると、チョッパーにかけ寄る。 チョッパーは皆を見回してから笑顔を浮かべ、そして直ぐ真剣な表情へと戻った。

『あの人、凍傷になりかけてた。でも大丈夫、温かくして薬を塗れば治るよ。ただ・・・』
『ただ?』

更にチョッパーの瞳が暗く陰った。ナミは言葉の続きを聞こうと、少し屈むと彼と丁度良い高さで視線が合う。 小さく頷いたチョッパーは、背中を押されるように口を開いた。

『ただ背中に何度も・・・数え切れないくらい鋭いもので打たれた傷があるんだ。 それは深くて・・・すぐには治りそうにない。それで・・・、その傷跡は一生消えないと思うんだ』

その言葉に、ナミは言葉を失った。いや、その場に居た全員がそうだった。そしてルフィへと視線を移す。 多分そうだとは考えていたが、彼はその人物を守ろうとしたのだと、ここではっきり分かった。

『・・・鳥かごの中に居たんだ』
『え?』

しん、となった船内でルフィがぽそりと言葉を零す。 うっかり聞き逃してしまいそうな小さい声は珍し過ぎるほど凛としていて、一番離れた所に座っていたウソップは眉を寄せ耳を澄ませた。

『あいつ、鉄の鳥かごの中に居て、鞭で背中打たれてた。だから助けた』
『ルフィ・・・』

ナミは何も言えなかった。 「鳥かごの中で血を流していた人物を助けた」、一体それのどこを責められると言うのだ。 理由も無しに他人を船に乗せるような男じゃない事は分かっているけれど、時には訝しさを感じて貰いたくて自分が口を尖らせたりする。 自分達は命を狙われていて、何時何処でどんな強敵が待ち受けているのか分からないのだから。 それは船の為であって、そして仲間、彼の為であって。



『・・・女、の子・・・?』

ナミの隣に居たサンジが呆気に取られたような表情でぽつりと口を開いた。視線を上げると、ドアから此方を見る一人の少女。 体中の至る所に包帯を巻かれ、幾つかの管が彼女に繋がれていた。 髪は血で汚れ固まり顔を隠していたが、華奢な身体つきから一目で性別を判断出来た。

『駄目だ!まだ寝ていないと傷が開く!』

少女は慌てて駆け寄ったチョッパーの顔を生気の無い瞳で見下ろした。 彼の風貌に驚く事もない。何も言わず、何も見えていないかのような瞳。

『・・・ろ、して・・・』
『動くなって!』

チョッパーの身体が人型へと変わり、ふらふらと覚束ない足取りの少女を抱き止める。 余りにも軽く、余りにも頼りない身体はあっさりとチョッパーの腕に納まり、それ以上の動きを制止出来た。 背中の包帯が血で滲んでいる。 鮮やかな赤に染まる白い包帯を心配そうに見たチョッパーの耳元で、少女はもう一度言葉を口にした。

『・・・殺して』



チョッパー以外の耳には届いただろうか。すっかり陽は落ちて、辺りは闇に包まれ始めていた。






(2011/06/25)

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