ログを辿って着いたのは、冬島。 麦わらの一味は深く降り積もる雪の上に、やっとの事で足を下ろした。



02.The chance is a coincidence.



『うはーっ!すげぇ雪だな!!』

膝丈まで積もった雪を踏み鳴らし、ルフィは輝きに満ちた瞳で辺りを眺める。 何処へ視線をやっても銀世界。雪、雪、雪だ。足下にも左右にも、空からも。 これならルフィお得意の雪だるさん、と言う雪だるまのようなものを幾らだって作れるだろう。

『ルフィ!浮かれて騒ぎを起こさないでよ?』

早速雪玉を作り始めたルフィの後ろから、戒めるようにナミが声をかけた。 彼女はスタイルを損なわないコートに身を包み、暖かそうな帽子を被っているが一言寒いと小さく零す。

『そうだぞ?今回はただの買出しなんだからな。ねぇ?ナミさん』

その横にはサンジ。 女性好きな彼にとって、魅力的なナミの隣を歩ける事は更なるご機嫌の要素なのだろうか。 ルフィの方はちらりとも見ないで彼女の左右を行ったり来たりしては、余計な言葉を囁いている。 もっとも、ナミはまったくの無視をして一欠けらも耳に入れていない様子だったが。 そんなナミを振り返ったルフィは、不満満載の表情をして見せた。

『せっかく新しい島に着いたのに冒険しねぇのか?』
『ここはね、世界政府公認の行商人が行き交う港なの!海兵だって多いんだから』

だからこんな辺鄙な所に船を置いているのよ、とナミは溜息混じりに言葉を吐く。 帆をたたみ海賊旗を隠したとしても海賊ともなれば堂々と港に停泊は出来ない。 街から少しだけ離れた、人気の無い鬱そうと木々が群れる場を選んだが、結果歩きづらくて仕方ない。 けれどここは世界政府の手がついた島。一味の懸賞金が膨大に跳ね上がった今は用心深くしなければならないのだ。

『船内で言った言葉、覚えてるわよね?』
『・・・わたしはさわぎをおこしません』

鋭い瞳でナミがルフィを見れば、眉を寄せた彼は口を尖らせて答えた。 不満でもあるのか、とナミは更に瞳に力を入れてルフィを睨む。 そしてルフィのコートのフードを掴むと、顔まで隠れるようにしっかりと被らせた。 ルフィはいつも騒ぎの中心に居る。 それはただ、無垢な冒険心のせいなのか、定めたられた運命なのか分からないが。 顔を見られたらそれこそ大事だ、そう判断したナミは念を押そうとルフィに詰め寄った。

『大体ねー、あんたは・・・』
『ん?アレなんだ??』

聞く耳を持たない船長だと分かっていても、少しでも良いから分かって貰いたくてナミは一人苦労を買って出た。 いつものように面倒を起こされ、買出しも出来ないログも貯まらない状況で此処を出るなんて事がないようにしたいのだ。

海沿いに足を進めていると、途切れた木々の合間から港が見えた。 港口には商船らしいものが多々あり、所狭しと停泊していて、中には海軍のものらしき小型船舶もある。 それらを見てやっぱり場所を変えておいて良かったとナミが一人思っていると、 ルフィはお構いなしに先へ先へと歩いていってしまっていた。

『見ろよ!あそこのでけぇ船なんかやってるぞ』
『・・・本当だ。行列作ってるなぁ』

ナミの小言なんかよりも、目新しい何かへと好奇心の表れを顔に出してる。 ルフィが指差した先をサンジも見ると、 一際大きな商船には長蛇の列が作られていて何やら順々に人が流れているようだった。

『商売の島だ。あそこで物品の販売でもしてんのかもしれねぇな』
『よし!先ずはあそこに行って見ようぜ!』

サンジの返答もナミの了解も得ず、ルフィは我先にと走り出した。 あれだけ大きな船で、あんなに長い列を作っているのだ、 きっと美味しいものを売っているに違いないとルフィは思った。 肉か、魚か。それとも珍しい野菜か甘いフルーツか。 ルフィは期待に雪を踏み鳴らし、その顔には笑みを携える。

『ちゃんと並びなさいよー!』

後ろから、ナミの声が聞こえた。 けれどルフィの胸は期待に膨らみ、商船ではどんな物品が所狭しと並べられているのだろうと知りたくなってしまった。 並ぶのは、彼らに任せて先に自分の目で見てみようと足に力を入れる。そして思い切り地を蹴った。



降り立ったのは、船尾の甲板。 ルフィが周りを見ても誰も居らず木製ケースや大きな樽、それにコンテナ等が所狭しと並ぶ。 ひょっこりと中心部を覗けば船員や商人たちは他の船への物資の運搬、整理などで慌しく駆け回っていた。

『あの列は何処に続いてるんだ?』

中心の甲板も様々な人が様々な荷物を片手に行き交う。 サンジの言ったような露店は出ておらず、まるで商売をやっているようには見えなかった。

それなのに、あれだけ並んでいた人々の列はその何も無い更に先へと続いており、そこには小さな人だかりが出来ている。 人だかりの中心には、荒い男の声。 彼が叫ぶと人々は静かになり、乾いた音が聞こえると、歓声が沸きあがった。 香りは無いが料理の実演でもやっているのだろうかと推測したルフィは 近くにあった配水管をよじ登ると上部から覗こうと試みた。



肉を焼くように特に煙が上がるわけでも、手に持っている何かで魚を切り分けているようでもない。 中心に居る男が話す声は聞こえなかったが、その隣に鉄で出来たようなモノの端だけ見えた。 ルフィは手をかけた配水管に足をかけ少しずつ登り、それを確かめる。 あれほどまで人が声をあげるのだ。ルフィの胸は期待に膨らんでいた。



―それが何か、分かるまでは。



『何してんだお前らぁ!!』

思うより先に、考えるより先にルフィの身体が動いた。 ビリビリと振動に似た声はその場に居た総てに伝わり、動作を止めさせる。 運搬をしていた他の商人たちのやり取りも、あれだけ騒がしかった人々の声も聞こえず、空を飛ぶ名も知れぬ鳥の声すら止んだ。 遠くから寄せては返す波の音だけがその場で唯一耳に入った。 まるで今の一言で冷えた空気まで固まってしまったようで、人々は身体を動かす事が出来ない。 視線だけを彷徨わせ声の行き場を探して誰もが息を呑んだ。 人だかりの中心に居た男も同じく声の出所を探していたが、彼だけは明らかに違う表情をしている。 この場の雰囲気を壊されたせいか、眼には怒気を含んでいた。



『おいおい、早速揉め事かよ?あのアホは』

ルフィの声は船を越えて響き渡り、まだ商船に辿り着いていなかったナミやサンジの耳にまで届いたようだ。 半ば呆れ顔のサンジは、コートの襟を正すとナミへと振り向いた。

『ナミさんは、危ないから此処に居てね』
『ちょっと、サンジくんっ!』

「ルフィを連れ戻すだけよ、問題事は避けて!」

その声はサンジの耳に届いていただろうか。 あっと言う間に消えてしまった後姿に、毎度の事ながら困ったわ、とナミは一人ごちった。



『何だお前は』
『お前こそ何してんだ』

ルフィは睨む男の前に立ち睨み返す。 ざわめく人々は突然現れたフードの男に戸惑っていた。 彼らはぐっと握り締められた拳が見えただろうか。 それともただ驚きに震え上がっただけだろうか。

何処かで「海兵が来たのか?」と囁きが漏れると、取り締まりに来たのかと思った人々は今度は辺りの様子を伺い始めた。 一人、一人とその場を後にする者が出たのがきっかけに、仕舞いには我先にと駆け出す。 僅かな時間で多勢居た群衆も商船から離れてしまっていた。

『世界政府御用達の俺の商船に、海兵の監査が入るかってんだ』

先に視線を放したのは男の方だ。走り去る人々の後姿に、呆れたように呟く。 折角の儲け話が手から擦り抜けて心から残念そうだ。

『おい、・・・これ、何だよ』

首を横に振って溜息を吐く男にルフィは変わらぬ顔つきで迫る。

『檻だろ、檻。鳥かごの檻だ。特注で高かったんだぜ?』
『そうじゃねぇ、何でこんな事してんだよ』
『まさかお前、知らねぇわけねぇだろう。見世物だろうが。何処でもやってる事だ。 お前も見るか?こいつはな、血が宝石に変わる珍しい人種なんだよ』

男が顎で檻の中を示すと、ルフィはその中へと視線を向けた。 ぐったりと意識を失っているだろう人物の背中は血に濡れ、幾つもの傷跡から裂けた肉が剥き出しになっている。 男が言うようにその者の周りには赤く小さな石が幾つも転がっていて、それが男の持つ鞭によって弾かれた血だと分かった。 眼を疑いたくなる程赤い石が異様に美しく光る奇妙な光景に、ルフィの怒りは更に沸いた。

『人は見世物じゃねぇ!』
『コイツは人じゃねぇ、モノだ!ただの見世物だ!』

一つも悪びれない男にルフィはギリ、と歯を噛む。

『やるのか?』

そう商人が言うと、じりじりと間を詰めていた銃片手の男たちがルフィを囲んだ。 偉大なる航路をほぼ無傷で渡り歩くにはただの商人では難しい。 護衛にもなる、腕の立つ船員と商人で構成されているこの商船に乗っていた総ての人員が、この広い甲板へと集まり始めた。 彼らの標準は勿論ルフィに総て向いていたのだが、ルフィは怯む様子無く変わらぬ姿勢を保つ。



『おい、ルフィ。お前また懲りずに問題起こしてんな?』

ただ立っていただけのルフィの気迫だったが、銃を持った者たちは緊迫し呼吸は乱れていた。 後方から吐かれた声で、更に緊張感を増した商人たちはビクリと肩を震わす。 ルフィが振り返った先、艦橋甲板にはサンジが居た。

後方に居た数人が、急いでサンジへと銃を構えた。 が、サンジもルフィと同じように微動だにせず状況だけへと視線を飛ばす。

『・・・で?ナミさんには何て言うんだよ』

瞬間、何処からか銃声が響く。

『しらねぇっ!!』



それを号砲に、二人は踏み込んだ。






(2011/04/26)

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