「世にも珍しい血を流す種族だよ!」
「見た事ないだろう?さぁ、並んで並んで!!」
きこえない なにも きこえない
あざやかにすべてがみえたのは いつのころだったか
01.The last sound.
太陽の光りを遮るよう空には深い灰色の雲が広がり、そこからは大きな雪の塊がしんしんと降り続く。
風こそないが久しく陽を浴びていない世界は家々も地も木々も、奥に見える山々すら厳しい寒さに包んでいた。
柔らかい新雪を鳴らして歩く人々はフードや毛皮の帽子を被り、分厚いコートに身を包む。
そんな彼らは、寒さに手足を悴ませながら、行儀良く列を作っていた。
列を追えば、海の入り江すら凍ってしまう冬島の港に一隻の商船が泊まっていた。
この豪華で広々とした甲板を持つ船は海千山千の商人のものだ。
海賊さながら色々な物資を確実に目的地へ運ぶそのさまは見事で、偉大なる航路の商人にとって彼の存在は有難いものらしい。
ただ、その「海賊さながら」な商人の気性は、偉大なる航路に多々居る海賊と同等に渡り歩くだけあって、
商売以外には一癖も二癖もある男だった。
『さぁ!見物料を払ってから並んでくれよ!』
商人は、短い鞭を片手に列を作る人々へと声を張り上げた。
広々とした甲板には鳥かごの形をした大きな檻が一つ。通りからよく見える位置に静かに鎮座する。
人一人が入る其処に、言葉通り人一人がうずくまるように座っていた。
其処に居たのは白い、いや、白かった薄い布の服を身に纏った、少女。
この凍てつく寒さの中で薄い布の服は何の役にも立たず、少女へと触れる雪はどんどん体温を奪っている。
手足は赤くなり、感覚も失われているだろうそこは凍傷一歩手前だと冬島の住人は一目見て分かった。
そんな少女を守るたった一枚の服は、ところどころ薄黒く汚れていた。
乾いている部分は肌に張り付き、少女が微かに動けば硬い音を立てる。それは血だ。
鮮血も紛れているらしくじんわりと滲む赤は鮮やかで、その場に居た誰もが恐怖と好奇心と同情に言葉を失った。
そんな彼らを、檻の籠の少女は一瞥しどす黒く汚れる床へ視線を落とす。
夏島生まれだった自分が、暑さに眉を下げて笑ったのはいつだったろう、朦朧とする意識の中少女は思った。
夏生まれの癖にじっとりと蒸すあの暑さが嫌で、冬のが好きだと言ったのはただの冗談だったのに。
もしかして、神は本当にこの世に君臨するのだろうか。だから、あんな些細な言葉でも逃さず聞けたと言うのだろうか。
神は生を受けただけで恵まれたと言えるこの世界で、あの冗談は我侭すぎたとでも言うのか。
だとしたら、たった一言でこの仕打ちなら、この試練は余りにも無常ではないのか。
今はもう見る事の出来ない視界いっぱいの向日葵畑。
肥えた土に色とりどりの野菜と、眩しさに目を細める日差し。
冷たい水を飲み込んだ時のあの清清しさと、汗に濡れた額が風に吹かれた時の心地良さ。
夜に鳴く虫の声、淡く光る蛍の群れ。故郷の、景色だ。
『これからが、見ものだ!!』
そんな少女の思考を遮るように、商人は更に大きな声を張り上げた。
その声と同時に、力いっぱい鞭を振り下ろす。
檻の隙間から放たれた鞭は、しなやかに鋭い音をたてて少女の背中に振り下ろされた。
たった一枚、薄い布。
背中を見れば数え切れない傷痕がずたずたに切り裂かれた布から剥き出しになり、
何度となく鞭が振るわれたのだと分かる。
振るわれた鞭によって弾かれた背中。その肉を裂いた瞬間、血が飛び散った。
少女は声も出せず苦悶に顔を歪め、甲高い音が甲板を鳴らす。
そして群集からは一斉にどよめきに似た声がおこった。
『ほら、これが世にも珍しい、血が宝石に変わる種族だよ!』
そう言った男の手からもう一度、鞭は振るわれた。
少女は薄れる意識の中、ぼんやりと魯鈍にも歓声をあげる客を見た。
彼らは足を止めて見物する事は許されず順々に流れてはいたが、少女が居る此処からでは列の終わりが見えない。
ああ、此処で自分は終わるのか。
振るわれる鞭から耳へ響く乾いた音だけは酷く鮮明だ。
これだけが今の自分の現実だと実感した少女は、力の入らない身体をそのままに、開けていても仕方の無い瞳を閉じた。
(2011/04/25)
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麦わらの一味に入るまでのお話。
どう言った経路で船に乗ることになった、とか、
私が思っているヒロインちゃんのやんわりとしたイメージとかを綴ろうかと思います。
これは書きたかっただけで短編と必ずリンクするって分けじゃないです。
ほんと、書きたかっただけってやつなので。