『まじか・・・』
渡り廊下の端から端まで、一斉に張り出されたのはついこの間あった中間テストの成績表。
普段ならロクに見る事は無い。どうせ見ても、芳しい場所に名前が書かれることなど自分には無かったからだ。
しかし、ふと、たまたま「張り出されたのか」、程度にそれを見たエースは無意識に足を止め言葉を零し、ごくりと喉を鳴らした。
学年で三番。それは勿論自分の成績結果―、ではない。
桜が咲くまで知らなかった、今ではたいそう大切な人物の名前が、その場所にしっかりと明記されていた。
『お早う御座います。エース君』
『うぉう!』
呆然としながら言葉を失ったままのエースがその人物の名前を見ていると、後ろ背に声がかかった。
瞬間、エースは肩をびくりとさせて間抜けな声を発する。
その間にも、エースは頭の片隅でこの声色は彼女のものだと認識した。
いつも、決して上がらない温度。自分が知っている人物で、一人しか居ない。
『お、おはよ!』
エースは勢い良く振り返る。間違える事は無い、そこに立っていたのはだ。
成績表を見に来たのだろうか。それともただ教室に行く前に通るこの廊下で自分を見つけてくれたからだろうか。
どちらにせよ後者であって欲しいと願ったが、どうせ淡白な彼女のこと、
前者の理由だろうと思うと勝手に虚しくなってしまいそうでそれ以上は聞けなかった。
『学年で3番だなんて凄いな。って』
個人的な質問の代わりにそう言ったエースは鼻をかく。
折角朝から彼女と話が出来るんだ。
そんな内容を一人で考えるよりも、どんな事でも少しでも長く、と話題を探す。
『別に、普通に勉強していれば妥当な点数かと』
『いや、普通には・・・』
が、やはり淡白なはしらっとしたまま会話を続ける。
こんな成績、どう頑張ったって普通の範囲内ではない。
エースは首を傾げながら硬い笑顔を返す。
普通の範囲内ではないのだが、
此処最近彼女と過ごす時間が増えて彼女の行動を見ているが思いっきり勉強に力を入れているとも見えない。
塾に行っていると言う話しも聞かないが、彼女は適度にやって身につくタイプと言う事だろうか。すると、
『・・・嘘です。上位になれば、あの瞳に映るかと思ったからです』
はポツリと言い放った。
『あ・・・、ああ』
『半分は、ですよ。基本は将来の為にちゃんと勉強してるんです』
清清しい表情のとは反対に、引き攣る顔で、エースはぎこちなく頷く。
「あの瞳」なんて一人しかいない人物を指されて、胸を思い切り殴られたような気分になった。
彼女はこんなにはっきりと、エースにも分かるほどすっきりした顔をしているのに、どうしてなのだろう。
胸元、よれたシャツをぐっと握り締めたエースは、気持ちを隠すように視線を逸らした。
『ああ、そうだ』
不意に、思い出したのだろうか。
ははっと、口を開くと、そのまま鞄をゴソゴソとあさりだした。
見える中身は教科書だの参考書だので、この細い肩に凭れるには少しばかり重そうだ。
多いながらもきっちりと整理されたその中で、はピタリと手を止めた。
そして、ひらりと一枚、鞄の中身とは到底不釣合いな紙切れを出した。
『「今度」はアクション映画です』
『・・・は?』
『お母さんがくれました。とってる新聞のオマケですけど』
エースは幾度かまたたいて、言葉を零す。差し出されたのは映画のチケット。
『良かったらどうですか?期限は長いのでいつでも良いです。この前付き合ってくれたお礼もしたいし』
彼女が憧れを諦めてしまった事をチャンスだと思うのは悪いって分かっている。
でもがあんまりにも寂しそうな表情をするから、このままどうにかしてしまいたくなった。
だって、自分を見てくれればそんな顔をしなくても良いように出来る自信がある。
毎日嫌と言うほど笑わせて、寂しく思うならこの胸に抱き締めてやりたい。
怒るなら自分との愛のもどかしさに、涙するなら嬉しさに。
今なら、もっと彼女に近づける気がするから。
『あ、・・・もしかして映画も、お嫌いでしたか?』
差し出されたチケットに反応する事も受け取る事もしないエースに、はおず、と伺うように問う。
そして「貴方の好みも聞かず決めてしまうのは良くなかったか」、と漏らした。
『違う・・・』
『え?』
『違う!』
エースは引っ込められそうになったチケットを持つの手を両手でしっかりと握った。
急に大きな声で、急に片手を凄い力で掴まれたはただただ驚きに瞳を丸くさせたが、
エースはその手を緩める事もせず、真っ直ぐな視線を向ける。
優しい瞳に、桜色の唇に、細い肩に、流れる髪に、溢れる気持ちが隠せない。
映画でも美術館でもそこらの公園だって今日の帰り道だとしても、
『だ、大好きっっです!』
、君と行けるなら。
07.好きだと言ってしまえたら
(下心を嫌われるだろうか、迷惑だと困らせるだろうか、それとも、)
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