『素敵・・・』

突然、は振り向いた。
ゾロは釣られて周囲を見るが、特に目立ったものは辺りに無い。 彼女が食べ物の店以外で足を止めるのは珍しい。 一体何事かと思えば、はゾロの袖を引いてゆっくりと歩き出した。

『おい、何処行くんだ?』

ふらふらと吸い込まれるように歩くに促され着いたのは、ちらほらと人が集まっているただの道端。 中心には一人の音楽家がアコーディオンを踊るように奏で、軽快な音楽を紡いでいた。

『素敵じゃないですか?』

そう言ったは笑みを浮かべてゾロの腕を放した。

ただそれだけの行為だったが、ゾロは正直面白くなかった。 だってしっかりと持たれていた手は呆気なく放され、 まるで恋する乙女のようなうっとりとした瞳は自分を通り過ぎ、あの音楽家を見つめている。

『この曲、小さい頃聴いた記憶があるかも・・・』

「面白くない」と言葉に出来ない分、濁すように視線を投げたが、 懐かしさの喜びに目を爛々と輝かせる彼女の表情が視界に入りゾロはそれ以上何も言えなくなってしまった。 例え他人に作られた表情だとしても、そんな魅力的な顔をされてしまったら小さく息を呑むだけしか出来ない。



『いや、違うな・・・』

自然と出た言葉は旋律に消えた。ゾロは自嘲的な笑みを浮かべ、瞳を閉じる。 耳に入る音楽は素直に耳に入ってくるが、どんなに素晴らしいものなのか自分にはやっぱり分からない。 どこぞの浮ついた格好をして紡ぐ音楽家の音なんて、更に興味なんかない。

これはただの嫉妬、だ。

しかも通りすがりの、何処にでも居そうな普通の身なりの音楽家に。
剣士たるもの常時落ち着いた精神で居なければならないのに、 こんな小さな事に心揺らすなんてとんだ情けない話だ。 クソコックへの感情でもそうだ。いちいち腹を立てたりしている自分が見っとも無く思える時がある。 けれどその反面、純粋に自分が可笑しくなった。

修行が足りない?  ―そうじゃない。

微かに感じるの肩の温もりが他のどこでもない、直ぐ自分の傍に居るのだと感じさせる。
自分が持っている確実なものは、この「熱さ」。
彼女への熱が、自分をどんどんと豊かなものへと変えている。 心から守りたいものを見つけられて更に強固な者へ変貌を遂げたいと願っている。 上辺だけの強さではなく、芯を与えてくれたのは、紛れもなく彼女。

『・・・おい』
『はい?』
『もっとこっちに、』

ゾロは優しく笑うとをいつものように見下ろす。
次第に群がる客のせいにして、彼女の肩へと手を回した。










    

(独り占めしたい、だけ) 2012/09/17

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