『で?』

ここは晴天の真下、ウソップ工場支部。 緩やかな潮風がナミのみかんの木を撫ぜて豊かな葉を鳴らし、ロビンの育てている鮮やかな花の香りを運ぶ。 甘い香りに包まれたこの空間はウソップと二人だけのもので、他にそれらを邪魔するものは一つも無かった。 ほら、今は波すら穏やかで余計な音をたてていない。

ああ、一つだけ、視覚的に違和感があるものを言うのだとしたら、 もう少し離れた所で瞑想だか昼寝だかをしているゾロの姿、だ。 花々を背景に座禅を組む姿はちょっと、いや、かなり違和感がある。 けれどそんなものは今の二人にとって気になる要素ではないのだろう。 すっかり存在感を消され、最早ゾロは景色の一部になっていた。

『それでだな、最後は王子を刺せなかった彼女は、泡になって消えちまうんだ』
『そんな・・・!』

何を作っているのかまるで分からないごちゃついた金属をしっかりと握り締めたウソップは、 何処か遠く、空の果てを見て小さく鼻を鳴らした。 丸い瞳に薄っすらと涙を浮かべる切ない表情は、話していた「彼女」の事を思っているのだろうと分かる。 ウソップの正面でゆったりと座っていたが最後には前傾姿勢で食い入るような視線を向けていたは、 その話の続きは無いのかと待つ。しかしウソップからそれ以上の言葉は紡がれなかった。

『・・・「人魚姫」さんは、自分よりも王子様を・・・』

ウソップの話を反芻するかのように、は呆然としたまま口を開いた。 好きな人の為に家族も声も命も失ってしまうなんて、自分には出来るのだろうか。 そもそも好きな人は、どんなものなのだろう。 一人の為に命を投げられるなんて、そんな熱さ、自分はまだ知らない。 もしかしたら、その熱を一生知れないかもしれない。

『不幸な話だぜ。好きな男を他国の姫に取られるなんて』

がそんな事を思っていると、ウソップが溜息混じりに肩を落とした。 声を失った人魚には真実を語る音を奪われた。 そして、何も知らない王子は勘違いをしたまま隣国の姫を妻に娶る。 勘違いして助けてくれたと「思い込んだ相手」を、妻に。

は小さく頷いた。 人魚は真摯に接したのに、伝わらなかった。 どんなに熱く相手を思っても、伝わらなければ意味が無いのは何も知らない自分にだって分かる。



『くだらねぇ』

その時、ウソップとの間に、低い声が通り抜けた。 視線を落としていた二人だったが、その声の方向へ顔を上げると さっきまで背景の一部と化していたゾロが腕を組んで二人を見下げていた。

『ゾ、ゾロさん・・・?』

はゾロの様子がおかしいと思った。 鋭い瞳は怒っているような、強く組まれた腕は苛立ちを表しているような。 は瞳をぱちくりとさせて居たがそろりと立ち上がり、爆発してしまいそうなゾロの様子を伺った。

『自分の命を助けた女すら分からねぇなんて、くだらねぇ男だ。しかも勘違いしたまま結婚だと?』
『ゾロ、これは作り話だ、作り話!』

ウソップは廃材を掻き分けて立ち上がるとの横に慌てて並んだ。 ゾロは二人を交互に見て、ふん、と呆れたように鼻を鳴らす。 どうしてそんな顔をするのか、ウソップとには分からなかった。 いきなり話に入ってきたかと思えば、いきなり否定してきたりして。二人は目を見合わせて首を傾げた。

『で、でも、流石のお前だって気を失ってたら分からねぇだろ?』
『そうですよ!・・・多分』

ゾロの空気を和らげようとウソップは乾いた笑いを浮かべたまま問う。 明後日の方向を見た瞳は若干泳いでいて恐怖を感じているだろう感情を隠す。 もコクコクと頷きながらウソップの言葉を強調した。 けれどゾロがの正面に来て陰った眼光を向けると、 弱い声を漏らしウソップと同様明後日の方向へ視線を逃がした。



『・・・おれは分かる』

そう言ったゾロはの手を取ってそのまま甲に口付けた。 ひゃ、ととウソップが小さい悲鳴に似た声をあげたが、ゾロは変わらず真っ直ぐな瞳をに向けた。

『一緒に居れば、どんな女かちゃんと分かる』








泡になんてならないでいい
(僕なら、ちゃんと知って好きになるから) 2011/06/24

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