『まったく、何処だアイツは。世話が焼ける』
市場から聞こえる客寄せの声、馬の足音や車輪などの交通騒音、カフェに腰掛ける人々の笑い声。
ゾロの呟きはそれらに掻き消された。
珍しく賑やかで治安の良い街へ降りる事が出来た麦わらの一味は、
次の出港準備に向けて各々必要なものを揃える為に行動していた。
船長と航海士と考古学者は必要物資を、船大工、船医、音楽家は酒や水を、
料理人は一人食料の買出しに出かけ、狙撃手と剣士とオマケは船番。
船の番、と言っても危険な事など、この港では無いだろうと思い
それぞれの時間を過ごしていたウソップとゾロ、の三人だったが、
いつの間にやら暇を持て余したゾロが一人出かける用意をしていた。
ウソップが慌てて一人で出歩くのを止めに入ったが、ゾロはその意思を変える気は無いようであっけなく船外に降りてしまった。
「寝てればいいのに」、と口を尖らせて船を後にしようとした所、が船内から出て来たのをコレ幸い、
と思ったウソップはにゾロを託し、自分の作業へと戻った。
の言う事ならゾロは聞く。
自分ではあのゾロのお守りをするのは大変だが彼女は違う、度々ゾロを任されていたから今回も願う事にした。
最初は二人、隣を歩いたり会話をしていたので互いの所在、主にゾロの行方は把握していたつもりだった。
が、二人は賑やかな人ごみに飲まれ、いつのまにか逸れてしまっていた。
『・・・さっきの場所まで戻ってみるか。アイツは市場で随分試食していたしな』
ゾロは活気付いた市場を振り返った。
先程まで二人あそこを歩いて、はゾロが呆れるくらい良く食べていた。
差し出されたらあっち、呼ばれたらこっち、と子供のようにフラフラ、フラフラ。
市場にはもう一本大きな通りがあったから、もしかしたら誘われるがまま、そこへ行ってしまったのかもしれない。
『おにーさん!これ試してみてくれ!美味しいよ』
ほら、きっとこんな風に。ゾロは声をかけた男を見て溜息を零す。
ここまで大きな市場となれば食べ物に関する誘惑は多い。
『おい、白服を着た女を見なかったか?』
『白い服?どんな子だい??』
声をかけたのは果物屋の店主。ゾロは差し出された果物を頬張りながら彼に問う。
これだけ通る声で接客をしているのなら、もしかしたらも同じようにこの果物を食べたかもしれない。
『・・・髪は、こんくらいで、背丈はこんなもん。色は、おれより白い』
『うーん、顔の特徴は?』
『顔?あー・・・。目がでかい。あとはボーっとした女だ』
『見たような・・・、見た事ないような・・・』
『・・・知らねぇなら良い。他を当たる』
首を傾げる店主に、ゾロはそう言って背を向けた。
こんな事をしている間に、は食べ物を求めてこの界隈以外をウロウロとしてしまうのではないだろうか。
そして美味しいものに目が無いアイツは、知らない奴にほいほいと声をかけられたりしているのではないだろうか。
いや、それだけじゃない。ゾロの思考は更に奥へと進んだ。
声をかけるのがただの客寄せなら良い、でもそれが目的じゃない悪い男だって居る。
それに気付いたゾロは、ごくりと息を呑んだ。
そもそもあれだけ間の抜けた女なら、巧い言葉を吐かれて子供のようについて行ってしまっても可笑しくない。
今度外を歩く時は知らない奴に声をかけられてもついて行くな、としっかり言わなければ。
何だかの行動を予想すると、本気で心配になってきた。
『おい、探しているのはどんな女だって?』
背中から聞こえた声はゾロに向けられたものだ。ゾロはぴたりと動きを止める。
の事が心配で直ぐにでもこの足で探したいのだが、誰かの手を借りるのは悪くない。
さっきのように言葉にしようとゾロは思ったが、
彼女を知らない相手にその都度説明をしなくてはならないのは時間を無駄に割く気もしてきた。
言葉で伝えたとしても自分のイメージが先行してるだけで、相手にどう伝わっているのかイマイチ分からないし、
そもそも知らないなら本当に時間の無駄になってしまう。だったらやはり自分の足で探した方が早い。
そんな事を考えるゾロはの写真でも手配書でも、何でも良いからつきつけたい気分になった。
『だから・・・』
兎に角、
『誰よりも良い女だ。一目で分かる』
そう言って振り向いたゾロは、直ぐに眉を寄せた。
『ゾ、ゾロ・・・』
視線の先に居たのは、ウソップ。唐突に放たれた今の言葉を耳に入れた彼はぽかんとした顔でゾロを見る。
『ま、待て。おれはにゾロが居なくなったから探すのを手伝ってって言われて、
んで、お前がなにやら一生懸命探してるからちょっとでも気を楽にだなー』
『ゾロ、さん?』
慌てて言葉を紡ぐウソップの後ろには、今までゾロが散々探していた相手がきょとんとした顔で立っていた。
その顔を見るからに、彼女には聞こえていなかったのだろうけれど。けれど、
『ウソップ。・・・お前を、斬る』
熱を帯び耳まで赤くなったゾロは、腰の刀に手をかけた。
それはぼくの、
(本心だけど、心から無かった事にしてしまいたい) 2011/05/02
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