『おい。いつになったら起きるんだ』

ゾロは耳元で聞こえる寝息に向けて、溜息混じりに吐き捨てた。



あれから、はすっかり空気に酔って寝てしまった。
楽しい時間を存分に楽しんだ身体は疲れ、三日月すらも西に傾く深い時刻と言うのもあったが、 この女が子供のように腹を満たしてしまったのが一番の原因だとゾロは思った。 自分が酒を飲むようなスピードで彼女も食べ物を口にし、何だかんだとこちらが驚くほど平らげた。 店を出る頃に積み上げられた皿の数は、船長ほどとは言わないが、女にしては食べ過ぎだ。

背負ったから聞こえる規則的な寝息は、よく寝入っている事を示している。 あんな騒がしい所でよく寝れたものだ。 周りに仲間の一人も居れば、ゾロに同じ事を言っただろうが、今は誰も居ない。ゾロは人事のように呟く。

目と鼻の先の港に船を泊められて良かった。 末期的な方向音痴のゾロ一人でもの身体を冷やす事無く送る事が出来るのだから。 普段ならやはり仲間に、「一人で出歩くな」やら「遭難に彼女まで巻き込むな」等と言われたろうが、 流石に目的地が見えているのなら迷う事はない。 酒場に居た時、近くに座って居たロビンもこんな所で「女の子が寝ていたら危ない」、 とを心配しゾロの背中を押したので一足先に船に帰る事にした。



ゾロはを背負い直し、意識を彼女に向ける。が、やっぱり起きる気配はない。 こうなると、もう少しだけあそこで飲んで居たかったような、 けれどもこうやって二人で月明かりの道を歩けて良かったような、二つの気持ちが複雑に行き交う。

起きてくれていればまた違うのだが、こんな風に寝入られてしまうと流石のゾロも困る。 好きな女が無防備に寝ていて、尚且つそれを背負っているこの状況。 騒がしい酒場ではロビン以外に言う間も無かった為一人早々と出てきたとは言え、誰かについて来て貰えば良かった。

『声をかけたらクソコックが煩かっただろうしな・・・。やっぱりあそこで飲んでいた方が良かったか?』

いやいや、ロビンの言うようにあんな所で彼女を寝かすわけにはいかない。ゾロは数回首を横に振る。 深夜の酒場なんてどんな輩がいるか分からないし、そもそもの寝顔を多数の男に見られるなんて嫌だ。 惚れた弱みも、贔屓目もあるだろうが、こんなに可愛い顔を見せるなんて。まったくこいつも迂闊だ。

大体、このご時勢に年頃の女がこんな簡単に寝るなんて、仲間とは言え男の背中で安らかな寝息を耳元でたてるなんて、 月明かりに照らされた雪の道が綺麗に見えるからって、見惚れるほど三日月が輝いているからって、 その月が満月じゃなくたって、

『・・・襲うぞ、コラ』



ゾロが堅忍と共に放った言葉は、降り積もる雪に包み込まれた。









(やっぱり、子守唄なんか絶対歌ってやらねぇ) 2011/04/23

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