ふら、と自分の首が傾いた事では眼を覚ました。
まだ頭がボーっとしたまま周りを見れば、自分がトレーニングルームに居たのだと思い出す。 ぱっちりと開かない眼を擦り猫のような伸びをすると、腕がコツンと何かに当たった。

『・・・ん?』

は訝しげな顔をして振り返る。 背中に壁の感覚は伝わるが隣に何かモノは置いてあっただろうか。 此処はいつも自分が座る指定置と言ってもいいような所で、周りには何も置いていない筈だ。 大体、自分はトレーニングをする為に此処へ来ている分けではない。 此処のものを使うのはこの船で一人、ゾロくらいだ。

そんな事を思っていたは、振り向いた先に見たモノに顔を歪めた。 「げ、」と漏らした声は心の声と重なり、瞬発的に出てしまったのだと気付く。



『・・・起きたか』

が不味いとばかりに後ずさりをした所で、 腕を組み壁に背を預け瞳をじ、と閉じていたゾロがゆっくりと言葉を吐いた。 徐々に開かれる瞳は鋭く、ビクリとの肩を震わせる。

『ゾ、ゾロさん・・・何故、ここに・・・?』
『ああ?』

低く響く声は耳から体全体へと寒気を呼び、 寄せられた眉から見る表情には「何言ってんだテメェ」、と言いたいのだろう事が分かる。

その顔を見て、は思いっきり眼が覚めた。 確か、トレーニングルームへは自分から足を運んだんだった。



何やらウソップとフランキーの発明品試作会と言うのが開かれる事になり、 はその実験の手伝いをやらされそうになった。

逃げようにも船医は薬を作っていたし、音楽家は念入りに楽器の手入れをしていた。 料理人は勿論食事の仕込みで、一番の頼りになる女性二人は新しい島に寄ったのなら、と買い物に出てしまっていた。 一番発明品が好きそうな船長だったが、加減が無いと言う事であちら側から拒否。
「こうなったらお前だけが頼りだ」と二人に詰め寄られたが、 彼等の後方に見えた産物をチラリと見ただけで自分には到底手伝いなんて出来そうに無いと察した。 で、人気の無い所を探している内に、結局此処へ辿り着いたのだった。

だがしかし此処にもゾロが居て、邪魔になるだろうと退散しようとしたら 珍しくも彼の方から引き止めてくれたんだった。 あのゾロが止めるほど彼等から逃げようとしていた自分は情けない顔でもしていたのだろうか。 けれどならば、と好意に甘え、端の方に座ったのは―、それまでは覚えている。

『もしかして・・・、私寝てましたか?』
『そのもしかして、だ』
『すみません・・・。トレーニングしてる所お邪魔して・・・』
『まぁ、そうだな。気は散った』
『うぅ・・・』

半ば呆れたように言うゾロに、は頭を項垂れた。 勝手に人が居る所に入って、好意に甘えさせて貰ったと言うのに邪魔をして。

先程起きるきっかけになった「ふら、と首が傾いた」のは自分がゾロに寄りかかっていてバランスを崩したからだろう。 隣に来て支えになってくれるほどウトウトとしていたのだろうか。 それなのに、ああ、自分ってば何て事を。



『・・・気が散った意味、分かってるのか?』

項垂れた頭に、ゾロの手がポンと置かれた。 声の重みの割には優しいそれに違和感を感じたは恐る恐る顔を上げたが、 まだ呆れ顔のゾロに溜息を吐かれては誤魔化すように苦笑いを作る。

『え?だから寝てたから・・・、ですよね?』
『寝てるだけじゃそうは思わないだろ』
『は?』
『・・・阿呆』
『イタッ・・・!』

ペチリ、の頭に置いた手はの額を軽く叩く。 痛くは無かったが反射的に痛いと漏らしたに、やっとゾロは眉を下げて小さく笑った。

『おれの邪魔になった事、悪いと思ってるのか?』
『はい』
『じゃあ、罰を一つ』
『・・・はい』

笑ったとは言え、それはニコリではなく、ニヤリだ。 「でもどうせ何でかはまだ分かってねぇんだろ」、と言ったゾロはの髪へと手を伸ばす。 そして撫でるように優しく掴むと、ゆっくりと身体を起こして近づいた。 何を言われても良いようにしっかりと身構えたは顔を強張らせそれを待った。が、



『触れられる距離に居ること』

ゾロはただ甘い音を立てて髪に口付けを落とした。








有言レーゾンデートル
(え?いつでも殴れる距離って事ですか?罰ゲーム??) 2011/04/05

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