そろそろ何処かの島が近づいて来たのだろう。
いつも突然荒れる海は次第に安定し、緩やかな風が吹き始めた。
つい先刻まで大シケを相手にしていたクルーの頬を掠める風は、暑くもなく寒くもなく航海の疲れを労うようで心地良い。
きっとこの先には秋島か春島があるのだろうと安堵の溜息を漏らしたナミが微笑んだと同時に、各々は自分の時間を取り戻す。
いつもの場所で釣りや読書、食事の支度や趣味と言う名の発明品作り。
耳を澄ませば波の音の合間に船のメンテナンスだろう無機質な機械音と、薬を挽いている鈍い音が聞こえて来る。
芝生の船板に身体を預けたは、それらを視界の端に捉えながらゆっくりと空を見渡した。
先程の天候が嘘のように青々としている。
雲ひとつ無く、海面へと注がれる日差しは真っ直ぐで、あんまりにも穏やかな空間にの瞼はゆっくりと重みを増していった。
『ふぁ・・・』
小さい欠伸をひとつ、は零した。
このまま気持ち良い風に当たりながら思いのままに瞳を閉じてしまおう、そう思った時、
『おぅ』
と、ぶっきらぼうな声と共にゾロがの隣に腰を下ろした。
パチリと瞳の開いたは寝転がっていた身体を起こし、隣に座るゾロと同じように座り直す。
いつもは鍛錬に励む彼が、自分に話しかけてくるのは珍しい。
は少しばかりの疑問符を頭の中に浮かべていたが、ゾロだってゆっくりしたい日もあるのだろうと笑顔と共に迎えた。
『さっきは凄い天候でしたね。お疲れ様でした』
『これくらい普通だ』
『流石ですね』
あっけらかんと答えるゾロに、ハハ、とは苦く笑った。
麦わらクルーとの、と、言うより航海自体の日が浅いは、実はまだ船を操る事に慣れていなかった。
未だにナミの言葉に右往左往する事も珍しくなく、無駄な動きをする事が多い。
本人は至って真面目に、そして役に立とうと必死なのだが、結果そのせいで特に無い体力を人一倍消耗していた。
『次の島まではまだ多少時間があるみたいだな』
『え?ああ、はい。ナミさんはそう言ってましたね』
『・・・お前、此処で寝ようと思ってただろ』
突然の言い出しに、はぱちくりと瞬いた。そして、ん?と首を傾げる。
ゾロはの隣に座る前、ぽかんとしていた間抜けな顔でも見たのだろうか。
何をしようとしていたのか確実に悟られたは
傾げた首をそのままに気恥ずかしそうな笑顔を浮かべたけれど誤魔化す事無くしっかりと頷いた。
だって、合間を見つけて体力を回復しておかないと、この海賊団にはついていけない。
自分は彼等のように元気な状態で居られないのだ。
いつ何処で何があるのか分からない冒険、しっかりと休める時に休んでおかなくては。
『・・・ん?』
そこでふと、はゾロが何を言わんとしたか分かった気がした。
此処は時折ゾロが腕立て伏せをしたり瞑想をしている場所。
体力を持て余している彼が自分との会話を楽しみに来たんじゃないとやっと気付いた。
『トレーニングですよね?すみません。部屋に行きますね』
そうしようとしているのなら自分が居たら邪魔な筈。
はそ、と立ち上がり「失礼しました」と笑った。
『いや、おれは・・・』
『ちゃ〜ん!お茶の用意が出来たよ〜。もう皆ラウンジに来てるよ』
言いかけたゾロの声に甘い声がかぶさる。
振り返ればサンジが今にも溶けてしまいそうな笑顔を向けながらこちらへと足を運んでいた。
『あ、はい。今行きます』
そう言っては芝生を蹴る。
しかし、葉がひらりとゾロの周りを舞ったと同時に、の手には熱が触れた。
『うぁ・・・!』
くん、と優しく、けれど強引に手を引かれた事に気付いたのは
反射的に振り返った視界にゾロの鋭い瞳が入ってからの事だった。
どうして自分の手を引かれたのか分からないは言葉も無くただ眉を寄せる。
余りにもゾロの行動が咄嗟過ぎて、簡単な疑問の言葉も出てこない。
『駄目だ。コイツはおれと、此処に』
『ふざけんな、クソマリモ!何でテメェとちゃんが一緒に居なきゃならねぇんだ!』
が理解出来ない状況に混乱していると、ゾロが静かに口を開いた。
シャツの袖を捲くったサンジの手がラウンジの扉を指しているが、そちらに行くにはこの手を離して貰わなければならない。
いや、ここまでしっかりと掴まれてしまっては、振り払わなければならない程だ。
『あの・・・?ゾロさん?』
どうしたら良いのか分からないまま眉を下げたは、サンジを見た後にゾロを見る。
困ったの瞳に映ったのは、ただ真っ直ぐなゾロの瞳。
『・・・、』
どきり、その瞳にの胸が鳴った気がした。
鋭いけれど、優しくて、そして何処か熱を帯びた視線。
『行かねぇよ、な?』
おまけに初めて聞いた甘い声。
更に力を込めて引いたゾロの手は熱く、はその熱に意識を奪われた。
微熱スパイラル
(その瞳、声に、どんどん入り込んでしまう) 2011/04/04
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