右から見れば左へと視線をそらされ、左から見れば上へと顔を上げられる。 ひょっこり上から覗けば、今度は下へ向かれ、下から見ればまた右へと向けられる。 何度やったやりとだろう、ちょっと粘ったサンジだったが、流石に今度は眉を下げた。



『おっ、おいおい!どうしたんだい、ちゃん!?』

普段はしっかりと視線を合わせて人と話をするなのだが、今日はどうしてか一度も目を合わせてくれていない。 総ての女性を愛する―、いや、此処最近彼女の「おはよう」で本当の一日が始まるくらい を想っているサンジにとって、その仕打ちは酷く耐え難いものだ。

『おれが嫌いになったのかい!?』

総ての女性を愛してはいるが、自分は特別彼女を大事に扱ってきたつもりで、 確かに人目にはふざけて見える部分もあるかもしれないが、それくらい勢いを持つ心からの言葉であって紛れも無い真実だ。 サンジは未だ視線を合わさないの周りを忙しなく、 それでいて小動物のようにチョロチョロと動きながら今にも涙を流さんとばかりの表情で問う。

ちゃん・・・っ!』

しかし、はそれを見ても態度を変えなかった。ただ黙々とロビンの花壇に咲く花々に水をやりながら、俯く。 そんなの様子はサンジの瞳に薄っすらと涙を浮かばせた。

『お願いだからこっちを見てよ、』

サンジがそう言ったと同時に、天気は良いが少し寒い朝の風が二人の間をすり抜け、の髪をさらった。 幾枚かの花弁が舞い、一瞬サンジはそれらに瞳を奪われる。 淡い色の花弁は何とも可憐で、風の吹く方向にある青い青い空へと吸い込まれて行った。 花弁が消えたのを見て、ああ、とそこでサンジは視線をへと戻した。

風に揺らぐの髪はまだひらひらと花弁のように舞い、隠していた彼女の表情をやっと晒す。 そこで、サンジは気付いた。彼女の頬が、何故か赤く火照っているのを。

ちゃん!?熱でもあるのかい?気分でも悪いのかい??』

「だから、こんな態度なのか?」とサンジはの両肩に手を置いた。 朝食の時間なのにダイニングには行かないし、こんな風に顔を赤くしているし。 焦りながらもサンジはの顔をしっかりと自分へと向かせる。 もう視線をそらされようが、無視されようが理由なんかどうでも良いくらいに、ただ彼女が心配で心配で。けれど、

『違うんです・・・』

やっと口を開いたは、サンジを見る瞳を潤ませてそう呟くように言った。

『あの、な、何でかは分からないんですけど・・・。夢に・・・出てきて、それを、・・・ナミさんに話したら・・・』
『・・・え?』

両肩を掴まれ身を縮めたは、直ぐ其処に居るサンジにも聞こえるか聞こえないかのボソボソとした、小さな小さな声で話す。 サンジは眉を顰めたが、風と波の音に掻き消されてしまうようなそれをしっかりと耳に入れようと身を屈めた。すると、



『そしたら、「意識してるから出てきたんじゃないの?」って言われて・・・っ』
『っ!』

そんな事を突然言うものだから、サンジはひととき、息が止まった。 真っ赤になったの顔は煮え滾って今にも爆発してしまいそうだとこっちが思うほどだったが、それ以上に、なんて愛らしい。 困った顔に潤んだ瞳がキラキラと朝日を受け止め、サンジの思考を奪う。 そんなは肩を掴んだまま身体を固まらせていたサンジに、言葉を続けた。

『あの、だから・・・、避けてるとかそう言うのではなくて、気恥ずかしいと言うか・・・、なんて言うか・・・』



ー!』

がやっとそれなりの音量で話始めたと思ったら、後方からナミの声が聞こえた。

『何してるの?早くしないとあんたの朝食、ルフィが食べちゃうわよ』
『お花に水なんて食べてからでよかったのに・・・。悪いわね』

その隣に居るロビンもを呼びに来たのだろうか。 右手に力なく持たれていた如雨露を見て、申し訳なさそうに溜息を吐く。

『は、はいっ!今行きます』

まるで窮地に追い詰められた子供へ助けが来たとばかりに、は二人へ手を振って答える。 そしてまだ固まっているサンジの手からわたわたと離れると、一礼をして走り出した。 途中、通り過ぎる時にロビンを見て肩をびくりとさせただったが、さっ、と瞳を逸らしてまた走り出す。 ロビンが首を傾げたが、はそのまま行ってしまった。その逃げ足の速いこと速いこと。

『ほら、サンジくんも戻って!』
『・・・あら?』

早く、と言ったナミがサンジを見るが、いつもの反応が無い。 いつもなら「はぁ〜い!」とかゆるい返事をして、仲間の誰よりも率先して動いてくれるのだが。 けれど、本当はどうしてなのかナミもロビンも分かっているので、あえて何かを反芻させているサンジに問わない。



『彼女、おれを夢に見たんだと・・・』

ぼんやりとしたサンジはの後姿を見ながらほぼ無意識のうちに言葉を紡いだ。
珍しい事もあるもんだ。彼女が正直に恥らい更には色恋を理解したうえで話をしているなんて。 ナミが言う「意識」を肯定しているからではないとしても、その対象に自分が居れるのだとすれば あの鈍感お嬢さんにとってそれは大きな進歩ではないだろうか? 今まで何を言ったって、何をしたって、直接に伝わりなんかしなかったのだから。

『まずい、にやける・・・』

メインマストへ寄りかかり海へ視線をやったサンジは、赤くなった頬を二人から隠すように左手をあてる。 幸せが滲み出ている背中は、こちらまで温かい気持ちにさせられ、 ナミとロビンは互いを見てクスリと笑った。



けれど、すぐそこで、

『あ、フランキーさん・・・っ!!』
『お?か。ん、なんだ?スーパーに赤いな??』

入り口で出会ったフランキーにも、同じ反応。
フランキーの質問にも答えずダイニングへと向かったは、そのままドアを勢いよく閉めてしまった。 一人「どうしたんだ」と漏らすフランキーを遠めに見ていたナミとロビンは、大きな眼をぱちくりとさせた。

『・・・もしかしてあの子、夢に全員出て来たのかしら?』

「W私"が出てきたのは"私の事を意識してるからなんじゃない?"」、 と朝、彼女に言ってしまった言葉が違うところで作用してるわ、と呆れた顔のナミが言った。 あの同性同士でも真っ赤になるの純粋さと言ったら、からかうこっちの嗜虐心を掻き立てる。 けれどその冗談も、今の状況を見ると思った以上に過ぎてしまったようだ。 そもそも、今朝の彼女の言いようだと、サンジのように自分だけを夢に見てくれてたと思ったから。

『ああ、だから私にもあんな反応を・・・』

ナミの言葉に納得してるロビンは、先程のの表情を思い出して頷いた。 困ったような、何かハッとしたようなの顔。あれは照れていたのか、と。

『まいったわね・・・』

これじゃ彼女が一日、いや、暫くクルー達に変な態度をとってしまうかもしれない。 早く誤解を解かないと、とナミは慌てて甲板を蹴る。

『ああ、そうだ』

ロビンへとくるりと振り向いたナミは、足を止めて両手を口元へと運ぶ。



『サンジくんには内緒にしてあげましょ。幸せそうだし』

まだ一人海を見るサンジに聞こえないよう、ナミはロビンにそっと囁いた。








08.たとえば、夢に君が出てきたら
(恋に一歩、近づけたかもしれない) 2011/04/13

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