仲間達が甲板で食事を囲み始めてどれだけの時間が経っただろうか。
今夜は空に特別大きな月が輝いていて、それを見ながら食事をしようと誰かが言った。
船長の喜ぶ大きな肉や昼間に釣った立派な魚、珍しい野菜や水をいっぱい含んだ果物、そして香り高い燻製や各々が好みの酒。
所狭しと並ぶ料理はサンジが魔法のような手付きで作りあげ、一同は美しさと匂い、それと味に瞳を爛々とさせた。
『あれ?お前眠いのか?』
そんな宴が始まり月が西に傾いた頃、自分の隣に座るにウソップは問いかけた。
は椅子に浅く座りながらその身体を倒す。
完全に背凭れに自分の体重をかけると開ききらない瞳でウソップを見た。
『はぁ?眠くなんてないですよ。お腹いっぱいなだけです〜』
眠いな、ウソップは呆れ顔を隠す事無く思った。
いつもより砕けた話し方と、だらけた座り方。
顔を見ると頬が赤いわけではない、となると酒に酔ったわけではないだろう。
は暫し子供のように寝付く事があるが、それは決まって満腹になった時だった。
『じゃあちゃん、おれが部屋まで連れて行ってあげるよ』
を挟んで向こう、彼女の隣に居たサンジが手に持っていたグラスを置いて席を立った。
このまま外で眠りに落ちてしまっては身体を冷やすかもしれない、なんて言いながら。
確かにそうだとウソップは思った。今心地良い潮風でも、寝ている身体にあてては毒だろう。
頼む、と言おうとした時、サンジの隣で静かに酒をあおっていた人物が口を開く。
『待て、そいつはおれが連れて行く。お前は何するか分からないからな』
そう言うと、ゾロは甲板の上で胡坐をかいていた脚を解き、鋭い眼光をサンジに向ける。
そしてゆっくりと立ち上がるとサンジの前を通過し、の隣に並ぼうとした。
『ああ?お前の方が危険だろうが、エロ剣士』
『いや、エロコック。てめぇのが危険だ』
そんなゾロの肩に手を置き、サンジはゾロがの近くに行くのを止める。
指一本、髪の毛一本たりとも触らせてやらんとばかりに詰め寄ると、威嚇の瞳で睨みつけた。
『・・・やんのか?クソコック』
『やってやるよ、マリモ』
『オイオイオイオイ・・・』
そんなくだらないやり取りをしているのを見ていたウソップは、一度だけ不毛な争いを止めようと手を伸ばした。
が、二人の熱気は近寄る事すら許さない。
そもそもこのまま向かっていったとしても自分の力量では彼らのどちらにも敵わないのだ。
自分が止めに入る事自体不毛だと踏んだウソップは諦めたようにに視線を落とす。
すると、はすっかりと寝入ってしまっていた。
彼女からは規則正しい寝息だけが聞こえる。
『おい、こいつもう寝てるけど、』
ウソップはを指差してゾロとサンジへ言葉を投げた。
勝負なんかしてる暇があれば早く部屋に連れて行ってやれよ、と。
しかし全く耳に入っていないだろう二人は、そのまま広さが十分にある甲板へと行ってしまった。
『・・・ホントにお前は困ったやつだな〜、』
溜息混じりにウソップは頭をかいた。そして起きるかどうか、の手を引いてみる。
が、深い眠りに入ってしまったの反応は、無い。
ウソップは周りを見回し他の仲間達を見たが、他の仲間達は楽しそうに時間を紡いでいる。
もう一度溜息をつくと観念したかのようにの前で屈んだ。
女の子一人部屋に運ぶくらい、自分で出来る。
『よっと』
の両の手をしっかりと引っ張り、背負う。思ったより軽い、とウソップは思った。
これなら直ぐに運んでまた此処へ帰ってこれるだろう。
さっさと帰って今度は果物でも食べよう、なんて思いながら船室へと急いだ。
『・・・ごはん〜』
『おいおい、お前まだ食おうと思ってんのかよ。もう寝ろ!』
廊下を歩く音に少し目が覚めたか、それとも寝言だろうか。
が小さな声を漏らしたのがウソップの耳に入った。
おぶされ具合が気に入らないのか、もぞもぞとが動く。
すると、潮の香りの中、微かに彼女の甘い香りがした。
正直、嗅いだことの無い媚薬のようなそれにゾクリとしたが、ウソップはを背負い直す事でその考えを払拭する。
取り合えず、早くこの女をベッドに放り投げて、直ぐあの場所に帰らなければ。
やっとついた部屋の前、
ドアを開ける為にウソップがを背負い直した事で薄っすらと瞳が開いた。
は定まらない視線で目の前にあるものを見た。
電気もついていない部屋と寝ぼけ眼の瞳では「これ」がはっきりと何かは分かっていないようだ。
顔を顰めて、じぃっと見ている。
『ああ、お肉か・・・』
『は?肉なんてねぇだろ・・・って、お前まさか!』
彼女の目の前にあるものは一つしかない。それは勿論ウソップだ。
の言葉にウソップの身体から一瞬で血の気が引く。危機を感じた。
背負っているのがじゃなかったら、思いっきりぶん投げてやりたいところだった。
『お肉〜っ!!』
『止めろッ!目の前にあるのは肉じゃない!おれだ・・・!!』
しかし相手にそうもいかない。
ウソップがどうにか声をあげて抵抗しようとしても、
寝ぼけたまま嬉しそうに声を躍らせるの耳には全く入っていないようだ。
『ギィェッ!!』
月明かりの入り込む薄暗い部屋の中、ウソップの鋭い、痛々しい声が響く。
喉から詰まった声が漏れ、肩に力が入り、身体を強張らす。
今すぐ背負っているを離し、痛みの広がる部分に手をあてたかったが、歯を食いしばって堪えた。
『なにこれ、美味しくない・・・』
そんなウソップの心情なんか知る由も無い。
つまらなそうに呟いたは、そのまま力なくウソップに凭れかかった。
さっきのような規則的な寝息が聞こえる。今度こそしっかりと寝入ったようだ。
ウソップはほとほと呆れ溜息を吐く。そしてやっとのことでをベッドに転がした。
『美味しくなぁ〜い・・・』
『二度も言うな』
幸せそうに寝るの表情は、丁度窓から入り込む月に照らされ良く見えた。
微笑んでいるような安心しているような、そんなの可愛らしい表情を見てしまった自分は、
きっと明日になっても怒るに怒れないだろう。
こんなに穏やかな顔を、見てしまったのだから。
しかし、心配事が一つだけ。
『お前、コレ・・・、見つかったら殺されるだろ・・・』
ウソップが首元に手をあてるとぬるりとした血の感触とざらりとした傷口。
きっとこれは「熱烈」な歯型だ。
06.たとえば、1日だけ透明人間になれるとしたら
(あいつらに気付かれる前に、兎に角どうでもいいから早く治ってくれ・・・っ!!)2011/07/08
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でもきっと直ぐバレるウソップ。例え痛くても、彼女からの「印」は特別なので、
すっごく羨ましいと思うサンジとゾロにボコボコにされる。
不憫だがしかしそれが良い。やられキャラの彼が最高に好き。愛してる。