のやつ、どうしたんだ?』

ウソップが隣の空いた席を見て問う。
いつもこの席に座っているのはで、食事の時間になったらいち早く腰を落ち着けて居た。 ウソップにとっては食べることを嬉しそうに待っているが先に座っていると言うのは 此処最近では当たり前になっていて、ぽっかりと空いた席に違和感を覚える。 別に誰に聞いた、と言うわけではない。の所在を知っているなら誰だって良かった。

『チッ・・・』
『うっ・・・!!』

さらりと言ったウソップの言葉に、反応したのは二人。 一人はウソップの隣の空いた席のそのまた向こうの席のゾロ、そしてもう一人は大皿を器用に両手に乗せて運ぶサンジ。 ゾロはバツが悪そうに舌打ちをして顔を顰め、サンジは悲しい表情を浮かべそのまま床にへたりこんだ。 サンジなんかは「何してんだー、早く運べー」とルフィが言っても反応が無い。

『お前等なんかしたのか?』

その声に、ゾロはジロリとサンジを見て、サンジはギロリとゾロを見る。 ウソップの問いに暫し互いを睨み合っていた二人だったが、どちらともなく口を開いた。



コトの始まりは、いつもの口喧嘩。

午前中買出しに出たロビンは風呂掃除をしていたとチョッパーにお土産として「わたあめ」を買ってきた。 これはチョッパーが好きなもので、以前チョッパーからその美味しさの程を聞いたが 瞳を輝かせて食べたいと言っていたのをロビンは覚えていた。 チョッパーは勿論、未体験のの笑顔を見れたら、と買ってきた「わたあめ」は見事にロビンの狙い通りで、 は嬉しそうにいつまでたっても食べずにニコニコとロビンに礼を言っていた。 の笑顔は嬉しかったが、流石に食べないと意味が無いとロビンが勧めたその時、事件は起きた。

またどうでも良いコトから始まったゾロとサンジの口喧嘩だったが、 互いの気持ちを知ってしまってから最近はいがみ合う回数が更に増えている気がする。 を譲りたくない気持ちが強いのは分かるが、肝心のが「ああ」だ。 この時の喧嘩にはその想いも含まれていたのかもしれない。 結果、じれったい気持ちを抑えきれなくなり、手を出すまでになった。

サンジが蹴りを繰り出したからと言って、ゾロがそれを受けることは無い。 身軽に避け、拳を返す。けれどもそれもまたサンジはひらりと交わし、そのせいで二人の苛立ちが増す。

サニー号の甲板が広いとは言え、やり合う二人は二人しか見えなくなりいつしか本気でやり合うようになった。 あちらこちらと勢いを増した二人が駆け回り、手すりに寄りかかりほのぼのとしていた達の直ぐ前を通り過ぎたその時。

突然の出来事に驚いて身を引いたの手から「わたあめ」が離れた。



『で、海に落ちたってわけか。お前等アホだなー』

見かねたルフィが涙を流しながら動けないでいるサンジから皿を取りテーブルに置いたお陰で、 ウソップはそれを食べながら二人の話を聞いていてた。そして、モグモグと口を動かせながら視線を宙に投げる。

二人はただの自業自得だが、は可哀想だ。
そもそも、彼女の食べ物への関心はルフィほどとは言わなくてもそれなりに高い方で、 折角の昼食も食べれないほど落胆を隠せずに―、いや、怒っているんだろう。

『今日はどうせ此処に停泊してるんだし、コレ食べたら買って来くれば良いじゃない』

そんな事をウソップが思っているとその話を呆れ顔で聞いていたナミが溜息と共に提案した。 どうせ彼等は部屋に篭ってしまった彼女に気の聞いた言葉一つかけられずに今に至るのだろう。 かけたのかもしれないが、今此処に居ないのなら答えは見えている。 一人はぶっきらぼうな響かない言葉を、一人は浮ついた嘘のような甘い言葉。 これでは本気で怒った彼女は靡かないだろう。と、言うか自分だって靡かない。



『その手があったか!』
『おれが行く。クソコックは此処で後片付けしてろ』
『ああん!?んなもんどうでも良い』

カバリと起き上がったサンジは腕まくりをしたシャツに手をかけ、かけてあったスーツの上着を取ると 椅子から立ち上がりドアの方へ向かおうとしたゾロを睨む。 ゾロも負けんと睨み返しサンジより先にと入り口へ急いだ。

『テメェはどうせ行っても迷子になるだろうが!』
『うるせぇ。んなもん行ってみなきゃ分かんねぇじゃねえか』
『確実になる!いい加減自覚しろ!!』

同時にドアノブを手に取った二人は、勢い良くドアを開ける。
一歩でも先に出たい、その気持ちでドアの向こうを見ると。



『あ、』

突然開いたドアに驚いたが立っていた。

・・・』
ちゃ〜ん、おれのご飯を食いに来てくれたんだねぇ』
『・・・はぁ、まぁ・・・』

歯切れの悪い答えだったが、はサンジの言葉に頷く。 二人に対して怒っていたのは間違いないのだが、流石にお腹が空いた。 怒りよりも食欲が勝ってしまうのは情けない話だが、 他のクルーもどうしたのかと思うだろうし、と、また違う理由もつけ重い足を動かしてやっと此処へ来た。

『何処か行かれるんですか?』
『えっと、・・・買い物に。「わたあめ」、食いてぇだろ?』

意外にも冷たいの瞳。 サンジは多くなったまばたきの数に自分でも気付いた。 食べ物の恨みはこんなにも彼女の表情を温度の無いものに変えてしまうのだろうか。 いつものあのほんわかとした花のような笑顔は、今は見る影も無い。けれど、



『・・・もしかして、二人で?』

急にパァ、との顔が明るく咲いた。

『・・・あ、ああ。ちょっとばかし、な』
『テ、テメェ・・・ッ!』

あんまりにも嬉しそうにするに、ゾロは思わず頷いた。 本当ならこんな奴と肩を並べて歩くなんて真っ平御免なのだが、 そんな可愛い顔をされたら頷かずにはいられないじゃないか。

『そうですか。仲直りされたんですね。良かった』

そう言ったの、極上の笑顔。
この顔が見たかった。あんな顔じゃなくて、こちらまで幸せになれる光に満ちた表情。
二人はどちらともなく互いの肩を組んで、彼女には到底劣る笑顔を浮かべる。

『ジャア、イッテクル』
『スグモドルカラネ』
『はい!行ってらっしゃい』

なんてこと無い。 勿論「わたあめ」も怒りの一部だったが、本当は二人が仲良くしない事に怒っていただけ。 肩を組みぎこちなく歩く二人を見て、それはもう満足そうには笑った。








05.たとえば、とびきりの嘘をつくとしたら
(好きでテメェと肩組んでんじゃねぇからな) 2011/04/10

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