大きく荒れた海原、グランドラインの激しい大嵐にサウザンドサニー号は呑まれていた。 前方数メートル先も見えないほどの暗闇と、飛沫か雨か分からないほどの大雨、気を抜いたら流されてしまいそうな重い風。 まるで何処かに隕石でも落ちて世界が揺らいでいるんじゃないかと思うほど波は荒れている。 ロビンの操る舵が辛うじて効いているくらいで、うねる広大な海には巨大な船体も赤子のように扱われていた。 ただナミが、彼女と言う有能な航海士が的確な指示をしているから、この船は沈む事無く前進し続けられているのだろう。

『早く帆をたたんで・・・っ!!』

風と雨でほとんど聞こえないナミの声だが、しっかりと耳に入れたクルーが返事をする。 も勿論その中の一人だ。 ウソップとサンジがメインマストの上に登り作業をしているのを、一緒に手伝っていた。

サンジはの心配をしながら作業を続ける。 本当は降りて欲しいくらいの風の勢いだったが、ウソップと二人では到底手が足りない。 下であちらこちらと走りながら操舵しているクルーは皆忙しく、それどころじゃない事も分かっている。

自分の分が終わりを見れば、彼女は最後の綱を引き隣に居たウソップと目配せし合っていた。 これが終われば下におりて他の仲間を手伝える、そう思っていたのだろう。 二人が視線を外し、がマストへと手を伸ばしたその時、

視界が悪く自分も気付かなかったが大きな波が来ていた。サニー号は一段と大きくうねった。

『あっ・・・』

雨音の中、微かに聞こえたの声を聞いた時には遅かった。 雨で濡れたマストに触れた手は滑る時に出る独特の水音をたてて離れ、 それによって支えられていたの身体は大きくバランスを崩す。 マストを掴もうとしていた手はそのままの形で、サンジには救いの手を求めているように見えた。 まるでスローモーションのような一連の流れだったのだけれど、 余りに突然だった為ウソップは声も出せないままその光景を眺めるしか出来ず、 サンジも同じように驚きに目を見開いただけだった。

普段のならその高さから落ちても猫のようなしなやかな動きをして着地するのだが、 うねる船体の中、背中から落ちていったの状況は極めて危険だ。

『・・・くそっ!!』

先に身体が動いたのは、サンジの方だった。 雨で濡れた足場だったが彼女を助けたい一心でこれでもかと言うほど蹴り込み、へ向かって一直線へ飛び込む。

『サンジさん・・・っ!』

風と雨で良く聞こえなかったが、落下中確かに自分の名前を呼ばれたのが分かった。 サンジは手を伸ばしをしっかりと掴まえるとそのまま胸元へと抱き寄せた。 細い肩はサンジの片手にすっぽりと納まり安堵が胸に湧き上がる。

『・・・イッ!』

瞬間、彼女も必死だったのだろう。 きつく抱きついたの手は無意識に爪を立て、安心し気を抜いていたサンジの背中へと食い込む。 そしてそれは雨に濡れたシャツで滑ったのか、サンジの背中の中心へと一気に線を描いたのが分かった。

多分、三本くらいの引っ掻き傷。着地したと同時にサンジは頭の隅でそんな事を思う。



『有難う御座います!』

サンジに抱えられたまま甲板に無事降りついたはサンジに礼を言うと、間髪入れずに次の作業へ向けて駆け出した。 彼女がどんなに感謝していようが、サンジがどんなに今の温もりを反芻したいと思おうが、動きを止めることは許されない。 一息すら、入れている間はない。 早くこの荒れ狂う世界から抜け出さなければならないのだから。

『・・・本当に世界が終わるとかじゃねぇだろうなっ』

四方八方何処を見ても暗闇が包んでいる世界。
まだまだ強くなる雨と風にサンジは叫んだ。

『上等じゃねぇか!!』

―絶対に、抜け出してやる。



背中に意識を寄せたサンジはと反対の方向を向くと、彼女が駆けた時と同じように勇ましく甲板を蹴った。



こんな時に、こんな事を思うなんて「ああ、なんて自分は能天気なんだろう」と思ったけれど、
それ以上にこの甘い痛みが刻まれた背中が愛しい。









02.たとえば、今日世界が終るとしたら
(この甘い痛みに呑まれた後で) 2011/04/20

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