『何してんだ、ウソップ』

夕食の下ごしらえを終わらせたサンジは、捲くった袖を戻しながらリビングでぐったりとするウソップの背中を見つけた。 人知れず、そして孤独に机へ顎を乗せているウソップはサンジの言葉に半ば眠りかけていた視線を向けた。

『何だ、サンジか・・・』

そう言ったウソップの鼻の先、テーブルの上には今日の昼に与えたばかりのミニブーケがちょこんと置いてあった。 サンジは眉を寄せ、「それはお前に買い与えたもんじゃねぇぞ」、と言わんばかりの顔で詰め寄る。 しかしまだ眠たげなウソップは、サンジの表情にも気付かず欠伸を一つかいた。

『これな、に見張ってろって言われた』

サンジの言わんとしたことが分かったわけではない。けれどウソップは何の気なしの言葉を続けた。 聞けば、このミニブーケが無駄に元気いっぱいの船長に吹き飛ばされたり、 トレーニング好きの剣士が愛用する機具の下敷きになったりしたら困る、と心配していたそうだ。 そしてたまたま近場に居たウソップに、暫しの見張りを頼んだらしい。

『ロビンに花瓶を貸して貰うって急いでたけど・・・。 珍しい空色の花だなー。ロビンも育ててるけどあの花壇にはこんな色無かったよな。 町で買ってきたのか?・・・って言っても誰も取ったりしねーのにな』

が帰ってくるのに時間がかかっているのだろう。
暇で話し相手が欲しかったウソップは気怠るそうに言葉を紡ぐ。



そんなウソップを他所にサンジは、こんなちっぽけな花束を見張るだなんて、と一人そう思った。

自分の恋の応援として無料でこれをくれたあの花売りには悪いが、に思いを伝える事無くコレを渡した。 ただ、お土産だと、そう言って。 勿論自分がイメージの花束なんだと教える事もしなかった。

だって、あの時あの花売りには大口叩いて彼女を自分のモノにすると言ったが、 やっぱり彼女の前になると頭が真っ白になり如何して良いのか分からなくなる。 あんなに嬉しそうに、あんなに純粋な笑顔で有難うを言われた後に、下心込みの気持ちなんて伝えられない。 少し前は女性ならばどんな相手でも甘い言葉を瞬時に吐き出せたと言うのに。 に出会ってから自分はすっかり変わってしまった。

―けれどそれはとても、良い意味で。

変わってしまった事は嫌な事じゃない。困っているわけでも、元に戻りたい分けでもない。
こうやって一人を一途に思っている自分が、嫌いじゃないんだ。



ちゃん、これを大事に・・・。そうか、して、くれてるんだ・・・』

サンジはウソップに聞こえないように一人呟く。 いや、彼女が貰った物を大事にするなんて想像の時点で分かっていた事なんだけれど。 だって、はプレゼントが何でも、誰からのものでも、 それはそれは嬉しそうな笑顔で礼を言うのをもう何度も見てきたから。 だから、期待はしてなかった。彼女にとって自分達は分け隔てなく、同じだけ大切で、愛すべき家族だから。 でも、こんな小さな花束をこんな風に、誰かの手を借りてまで大事にしてくれているなんて。



『・・・慌ててるから良く聞こえなかったけど、 なんかこれ、誰かみたいって言ってたな。だから何かあったら嫌なんだとさ。 花が誰かに似てるなんて可笑しな奴だよな、って』

完全に飽きたウソップは大きな欠伸をしながらそう言い放った。 どうせ同じ自由時間を過ごすならこんな事じゃなく自分の趣味の時間に没頭したい、とそう付け加えて。

しかし、彼の後ろに居たサンジはウソップの暢気な独り言を他所に息を飲み込んだ。

誰かに似てるって、それはもしかして。
もしかしてこれをくれた、自分を空色の花のようだと言ったあの花売りのように―。



『サンジ?』

返答がないのを不思議に思ったウソップは、振り向いた途端眼を見開く。 だって、思いっきり、完全に、確実に眼が覚めた。 サンジが突然、如何してか急に、見たことの無い表情をしていたから。

『お、おい・・・。大丈夫かよ・・・??』

具合が、悪くなったわけではなさそうだし、自分の会話で気分を害したようでもない、と思う。
けれどどうしてか初めて見るサンジの表情を前にすると、ウソップはそれ以上何も言えなかった。








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(なんか、これって、もしかして自惚れてもいいタイミング?) 2011/05/07

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