『そこのおにーちゃん、お花はどうだい?』

サンジが声の方向に振り向くと、大きな篭に花を沢山詰め込んだ年配女性がミニブーケを片手に此方を見ていた。 髪を一つに束ね大きなエプロンをした笑顔の素敵な花売り、だ。 一人町中を歩くサンジを見つけた彼女は、多々ある花を魅せるようにして歩み寄る。

『少し離れた所にある私の故郷の花だよ。沢山太陽を浴びて綺麗に育ってるだろう?』
『あ、ああ』

その女性は手に持つミニブーケをサンジへと渡す。 彼女の笑顔は欲が無く花を売りつけると言うよりは、褒めて欲しいと言う顔だ。 サンジが戸惑いながら持たされた花々に目をやると、空のように澄んだ青色の花々がバランス良く束なっている。 彼女は更に笑顔を咲かせてサンジを見た。

『これはアンタに似合うと思ったんだよ。彼女にプレゼントしたらどうだい?』
『は?おれに似合うものを?』

サンジは花売りの言葉に眉を顰めた。
自分に似合う空色のミニブーケを、彼女に、にあげるとはどう言う事だ、と。

自分がへ花をプレゼントするなら、をイメージしたものを選ぶ。 彼女には何色が似合うだろう。淡いピンク、鮮やかな黄色、それとも鈍感で純真無垢な白、だろうか。 どちらにせよ、きっと何をあげても彼女はこの花々よりも美しく笑顔を咲かせると思う。

ただ問題は、「誰が何をあげても心から喜ぶ」、と言う事だが。



そんなサンジの心境を知るわけの無い花売りだったが、訝しげな表情を納得させるように口を開いた。

『自分と似た何かを好きな子に大事にして貰うってのも良い事だよ。 勿論これは彼女の為のプレゼントだけど、自分へのご褒美でもあるのさ』

サンジは花売りと手元のミニブーケを交互に見る。
なるほど、これを自分と擬似させて甲斐甲斐しく世話して貰ってる気分になれると言う事か。

『まぁ、悪かねぇ・・・かな?』
『だろう?』
『ただ・・・』
『なんだい?』
『「おれ」よりも「花」のが大事にされるってのはなぁ・・・』
『おにーちゃん、その子と恋人じゃないのかい?』

そう花売りに言われ、サンジは頭をかいた。
自分で言葉にしたのだが、はっきりと現実を突きつけられた気分だ。

からは嫌われてはいないのは間違いないのだが、特別好かれているのかと言われたら、「特別」は好かれていないだろう。 多分まだ彼女は恋愛に興味が無いのだと思う。 純粋に旅を楽しみ、仲間を家族のように愛している。 勿論自分もその仲間の中の一人で、大事にされているが飛び抜けて好かれている様子も無い。 時々、余りにも鈍感だから少しだけアプローチするけれど戸惑いに顔を赤くするだけで、 実際の所真意は伝わっていないのだろうと思う。 だからと言って本気で気持ちを伝えたら、今のような距離感は無くなってしまうかもしれない。 自分達はそれくらいあやふやで、不確かなものだ。けれど、

『まぁ、でも、・・・「まだ」、なだけだ』

サンジはそう言って花売りを見た。
まだは仲間になってから日が浅いし恋愛に関しては子供な女性かもしれない。 けれど、これからはどうなるか分からない。 そうだ、これからは同じ船に乗り同じ時間を過ごし同じものを見る。 その時間の中で自分の気持ちが本物で真っ直ぐなら、きっとに伝わりいつか同じ気持ちを持てる筈だ。



『おれは絶対あいつと一緒になるよ』

決意を言葉にしたサンジはポケットからコインを出して花売りへと差し出す。
直向な表情は一度花売りの目をぱちくりとさせたが、やがて先程のような笑顔が戻った。

『ふふ、お代はいいよ。これはアンタにやる』
『良いのか?』
『頑張りなよ』
『ああ、有難う』

コインを受け取らずそのままその場を後にした花売りをチラリと見たサンジだったが、 直ぐ手元のミニブーケへと視線を落とした。

良く晴れた空と同じ色の、鮮やかな花。



『・・・とんでもねぇこと口走っちまったな』

そうは言ったがサンジの顔には緩んだ笑顔。
いつか叶えたい願いを胸に、一人船へと歩き出した。









(あの子以外には、何とでも言えるのに) 2011/05/06

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