次の島に着くまでに食料庫の整理をしてしまおうとサンジが一人格闘していると、ひょっこりが現れた。 重い物や大きな物もありドタバタと物音を立てていたのだが、心配されるほど荒々しかっただろうか。 は慌てたように手伝いますよ、と言って腕捲りをすると、サンジの隣の脚立へ登った。

『これはココで?』
『ああ、買ったものを入れ易いよう適当に寄せておいてくれれば良いから』
『はい。分かりました』

そう言うとはにっこり笑って在庫を一つ一つ棚の端に重ねる。 表情からすると、こうやって物を分類しながら整理するのが楽しいのだろうか。 チーズや燻製物、塩や味噌などの調味料を分かり易い場所に配置している。

時々、重いものを動かす時に「よいしょ」、と聞こえる声が可愛い。 これは自分の仕事で、自分が率先してしなくてはならないのに細い腕で一生懸命作業するの姿に、 サンジはどうしても視線が奪われてしまっていた。 ぼぅっとなんてしてないで動かなくては、と分かっているのに、どうしても手が止まりの靡く髪を意識してしまう。

だって、仕方が無い。サンジは苦しくなる胸元を掴んで一人言い訳をする。 ドアがほんの少ししか開いていない薄暗い倉庫で、好きな子と二人きり。 ドアの先にも人気は無いようで、良くも悪くも自分を止めてくれそうな人物は誰も居ない。

これは自分にとってチャンスなのだろうか、それとも愚かな自分への罠なのだろうか。
サンジは情けなくもこのまま頭を抱えてしまいたい気分になった。



『・・・悪いな、手伝わせちまって・・・』

やっとの事でサンジは思慮を振り払うかのように咳払いを一つすると、隣に居るの後姿に声をかけた。
するとはきょとんとした顔でサンジへと振り返る。

『私たちの食べるものですよ?悪いとか、そんなのないでしょう?』

そう言ったは何を言ってるんですか?と付け加えてクスリと笑う。 確かに食事を総て担っているのはサンジだが、消費しているのは自分達だ。 それに常日頃キッチンに立つことが出来ないのなら、せめて片付けや整理くらい手伝わせて欲しいとは思っていた。

『それに私、好きですから』
『・・・え?』



倉庫のある一つの電球。 それは別に特別なものじゃないのにどうしてか照明に照らされたの微笑みは美しく見えて、サンジはうっかり言葉を忘れた。 呆けるサンジをそのままには変わらずしっかりとサンジを見る。 それがあんまりにも真っ直ぐ過ぎて、サンジは瞬きをするくらいしか反応が出来なかった。
だって、

―好き、それって、もしかして、おれを―



『私、お掃除とか、お洗濯とか、整理とか好きなんです。だから、出来ることはお手伝いしたいんです』

しかし、サンジの思惑とは裏腹。はにかんだはベクトルの違う言葉を紡いだ。

『は?・・・あっ!!』
『え?』
『いや、なんでもない。なんでもないんだ』

そうだった、そうだった。
サンジは右手をぶんぶんと振って、首を傾げるへ「なんでもない」を繰り返す。 そうだった。彼女はこういう子だった。 このシチュエーションを意識してしまい、すっかり忘れていた。

でも、言い訳を一つ。こんな所でこんな事言われて何にも思わない男なんて居ないだろう。
ああ、一人、ここの船長は何にも思わないかもしれないが、アイツは特殊だから置いておいて。 いや、もう一人。あのサイボーグは変態だから思わないかもしれない。 ああ、そう言えばあの骨も普段からふざけきっているし、そもそももう人離れし過ぎて考えないかもしれない。 人離れ、と言えば船医は人間じゃないからアイツも思わないか。 狙撃手、アイツはダークホースだが思わないでもなさそうだ。 あとはマリモ、いやいや、駄目だアイツは。こんな状況好都合とばかりにを食べてしまいそうだから考えないようにしよう。

ああ、考えがそれてしまった。サンジは首を横に振る。
兎に角、薄暗い密室で男女が見詰め合って、なんて、そこらの男は分かっていても勘違するに違いない。



『終わりました。じゃあ私行きますね』

そんな事を考えていると、総てを終わらせたが脚立から降りてサンジへと声をかけた。 思いつめたサンジとは違って、は片づけを終わらせた満足感を表す清清しい笑顔を浮かべている。 はこれから次の仕事が無いか探すのだろうか。
ドアノブに手をかけたところで、サンジはの名を呼ぶ。

『あのっ、ちゃん、有難う』



ただ振り向いて、ただ視線が合って、ただ笑いかけてくれただけだ。
それ以下でもそれ以上でも無いのにサンジの身体は凍ってしまったかのように固まる。



ただ好きなだけ。たったそれだけ。








最弱プリンス
(これは、心底心臓に悪いと思う) 2011/04/29

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