『サンジさんって、余り寝てるイメージがありませんね』
春風の吹く昼下がり、今は皆揃っておやつの時間。
甲板に腰を下ろしていたは、サンジから皿を受け取りながらそう言った。
『そうか・・・?』
で最後の皿を渡し終わったサンジは首を傾げてその場に立ち尽くす。
基本この船でする事と言えば料理、船の操縦、時々見張り。
海のコックの仕事は自分にとって当たり前の事で、これと言って特別多忙なわけではない。
確かに片づけをして最後にラウンジの電気を消し、朝食の支度で誰よりも早く起きてはいるが、
それ以外の時間に上手く都合をつけて睡眠をとったりする事も多い。
それは多分その他の仲間も同じで、各々自分の都合で仮眠していると思う。ただ、
『まぁ、隣のマリモ野郎がよく寝てるからそう思うんじゃない?』
そう言うと、サンジはの隣でいびきをかくゾロを一瞥した。
彼女の足元と、手すりによりかかりながら寝ているゾロの手元を見れば本が無造作に置かれている。
どうやら二人は仲良くここで本を読んでいたのだろう。
はロビンから借りた考古学の本を、ゾロはいつも眺めている武器の本を。
まったく、このマリモは当たり前のように彼女の隣に座って寝やがってなんて、なんて羨ましいんだ。
―じゃなくて、なんて厚かましいんだ。
蹴り飛ばしてやろうかと思ったサンジだったがまたそんな事をするとが心配すると思い、
深く溜息を吐いてその気を払うとの隣に腰掛ける。
『確かに、ゾロさんはよく動いてよく寝るって感じなんですけど、でも、サンジさんが寝てるの、見た事無いから・・・』
どう説明しようかと考えているのだろう。
子供のように視線を宙にやったは「う〜ん」と声を漏らす。
『そうそう、サンジさんっていつも動いてくれてると思うんです。
朝から人数分のご飯、お昼、おやつ、そして夜でしょ?その後は常にある片付け。
大体食べてる姿だって余り見ないし・・・』
指折り数えながらは言葉を続ける。
そんな姿を見てサンジは一人可愛いな、とか思ったりして。
白い指を一つずつ指差し、口をぷっくりと膨らませて考え事をする。
潮風に舞った髪からは彼女の香りがふわりと流れて、サンジへと届いた。
うるさい連中から少し離れた此処は彼女の声が良く聞こえる。
二人っきりに近い状況で、少し、いや、かなりサンジの心は躍った。
の向こう、視界の端にチラチラと映る迷子マリモさえ居なければ最高だ。
『聞いてます?』
そんな事を考えていると、がひょっこりサンジの前の顔を覗き込む。
少しだけ自分の思考に入り浸ってしまっていたサンジは何の話だったかと思ったが、の真剣な瞳のお陰で思い出す。
―そう、簡単に言えば、彼女は。
『あー、ちゃんと聞いてたよ。だから、つまり・・・』
ひょっこりと覗いたは甲板に手をついたその姿勢そのままに、なかなか言葉を紡がないサンジを待った。
サンジはそれを知って、じらすようにチラリとを見る。
『ちゃんはおれを、よく見てるって事だろ?』
『―え?』
その言葉に暫く声を失っていただったが、やっと気付いたのか姿勢を正した。
『はっ?!ち、違います!だから睡眠の話をしてるのであって―・・・』
『じゃあ何で知ってるの?』
『だから、「いつも」サンジさんは・・・!』
『ほらね、答えは出てるじゃない』
『・・・っ!!』
そう言われて、はどう言葉を返して良いのか分からなかった。
確かに、サンジを見ているからそうなるのではあるが、でもその分他の仲間の事だって見ているつもりだ。
これだけ一緒に居るのだ、生活リズムを把握しない分けが無い。
だけど、あんまりにも、あんまりにもサンジが優しく笑うから。
『確かにサンジさんも・・・!見てますけど・・・!』
上手く言葉が出ないに、サンジは瞳を細めた。
ちょっとした意地悪も真摯に受け止め肯定するなんて、「見てる」、なんて嬉しいことを言ってくれる。
揺れる瞳は戸惑いに潤み、それがやっぱり、どうしようもないくらいに可愛い。
サンジは、ゆっくり手を上げる。
そして風に揺らぎ、熱を帯びた頬を隠す髪を撫でると、ピクリとが反応した。
悪戯な風なんかに折角自分の事で彼女に熱を与えられた表情を見せて貰えないなんて悔しい。
慈しむようなそれに一度は瞳を閉じただったが、今度はしっかりとサンジを見る。
『・・・サンジさん・・・っ』
サンジは息を呑んだを見逃さなかった。この表情は困っていると言うよりは、
『で?ちゃんはおれを心配してくれてるの?』
『そ・・・それもあります・・・、けど・・・』
『じゃあ少し寝ようかな』
へたりと力なく座っていたの膝に、サンジはここぞとばかりに頭を乗せる。
ああ、レディにこんな事をするなんて自分らしくないなぁ、なんて思ったりもしたが、
彼女に対しての独占欲は留まることを知らないのだから仕方ない。
だっていつもの、口だけの愛情表現だけでは、この気持ちは止められない。
それとも、こんなに行動的になってしまったのは、視界に緑色のものが時折見え、対抗心を燃やしてしまったからだろうか。
『ああ、あの・・・っ』
『動かないで。少しだけ、このままで』
そう言うとサンジはもう一度手を上げ、の頬を優しく触った。
熱を持ち雲のようにふわりとする頬をゆっくりと撫ぜ、そのまま赤く柔らかい唇まで流れる。
その手はとても滑らかに動き、言葉にせずとも何かを紡ごうとしているを上手く制止してしまう。
結果、どうも出来ずにいる彼女に更なる熱を帯びさせる事になった。
サンジはが動かなくなった事を確認するとニコリと笑い、そのまま彼女に埋もれながら瞳を閉じる。
潮と、の匂い。そしてこの表すには難しい感触はどんな枕より心地良い。
寝不足ではないけれど、と、言うかこんな事して眠くなると言うか寧ろ目が覚めてしまっているのだけれど、
折角彼女が静かにしていてくれるのなら、と状況に甘んじる。
そしてサンジが「心から幸せだ」、とそう思った時、
『う、動かない枕なら此処に・・・っ!!』
そう言ったはそれはもう今まで見たことも無いような速さで動き、まだ寝ているゾロの膝の上にサンジを託した。
照隠しのスケープゴート
(えー!!ちょっと!!・・・んあ?何だテメェは) 2011/04/12
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