バックヤードへ買出の品を収納したサンジとは、カンウターに腰掛け少し遅い昼食をとっていた。 他の仲間たちは買物に行ったり修行をしたり昼寝をしたりと、各々の時間を過ごしているらしい。 時折大きな声が聞こえるが、それは主に笑い声。 まぁ、怒鳴り声も混じっていたりもするけれど、 言うなれば「比較的」落ち着いた、それでいて穏やかな時間を過ごしていた。

『美味しいー!』

は食後のデザートを口の限界いっぱいに頬張りながら微笑んだ。 彼女が好きなプラリネのビスキュイサボワ。 相当気に入ったようで、「おかわりは?」と聞けば深く何度も頷きながら すっかり綺麗に食べつくした皿を差し出す。

がこんなにも幼い表情になるのは、決まってこの時間。 朝食、昼食、夕食、間食。はっきり言って、何かを食べてる時間だ。

『しまった。全部無くなっちまった』
『え?』

が最後の一口をフォークを刺した頃、サンジはわざとらしく口を開いた。
何処に焦りも出さない口調で頬杖をつく。

『やばいなー、こりゃルフィが黙っちゃいねぇなー』

こんな誰にでも嘘をついていると分かりそうな顔つきと仕草だったのが、 素直に信じたはフォークに刺さったビスキュイサボワの欠片を見て徐々に綻んだ顔を強張らせる。

『そ、そうですよねっ』

ルフィの事を思い浮かべたはごくりと息を呑んだ。
自分も食い気には定評のある人物だと自覚しているのだが、ここの船長は更にその上を行く。 こんなに美味しいものを一人で食べつくしてしまった事を知られたら、怒る?悲しむ?悔しがる? 怒られるならまだしも、それ以外の感情を自分のせいで負う破目になるなんて申し訳ない気持ちが溢れてきた。
は慌てて席を立つ。

『これ、何処で買ったんですか?まだ出航までに時間ありますよね?』
『時間?余裕だよ。それを買ったのはおれだ。店まで一緒に行ってあげる』
『はいっ!是非ともお願いします!!』

彼女は分からないのだろうか、食べる事を勧めたのはサンジで、止める事をしなかったのもサンジ。 ついさっき自分で買ってきたのだ。消費具合が分からない分けが無い。 これを食べさせて、箱を空っぽにして、あたかも彼女のせいにして、 それで空いた午後の時間を二人っきりのデートに誘うきっかけになれば良いなぁなんて、 適当に子供騙しの計画を実行しただけなのに。

『・・・ゴメン、ちゃん』
『へ?それはこっちのセリフですよ!!』

「つき合わせてしまって、ごめんなさい」と眉を下げるにサンジは不謹慎な笑みを浮かべる。
急がなくちゃ、と慌てて歩く彼女の仕草が、流れる髪が、潤んで揺れる瞳が、純粋過ぎて可愛い。

ちゃん!』

甲板を鳴らして進むに声をかける。
目を大きく開き振り向いた彼女に、サンジは柔らかく笑った。

が何度かまたたいた後、サンジは口を開く。 潮の流れにのったそれはの顔に満面の笑みを作った。 そして、最後の一口を頬張る。席を立ちキッチンを出たと言うのにまだフォークを握り締めていたのか君は。 サンジは一転した硬い表情を浮かべぽかんと口を開いた。
なるほど、溜息と共に頷く。彼女はたった一口でも勿体無いと思ったんだろう。 美味しさに顔を緩めて、ああ、なんて色気が無い女性なんだ。

けれどそれでも良いと思わせる甘いお菓子のような表情にこっちの心は蕩けてしまいそうだ。 本当にお菓子を欲しているのはおれの方だなんて微塵も思わないんだろうね。 まったく、罪な女性だよ。
ねぇ、分かってるの?もう一度言う。君には色気が無いんだよ?これは笑い話じゃない。
おれの純情を、笑い話になんかしたくないんだ。

だから自覚させないでくれ。君を必ず笑わせる魔法の言葉が、



「美味しいものを食べさせてあげる」、だなんて。









(でもそこが可愛いとか思ってる自分はどうなんだ)2012/09/18


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