『良いなぁ、こう言う恋愛・・・』
サンジが調理をするカウンターの向こうで温かいハーブティーを飲みながら
分厚い本を読んで居たがパタンと閉じて溜息を零した。
ふとが持つ表紙を見れば、ついこの間寄った島で見かけた今ベストセラーだと言われていた本だと気付いた。
あれだけの厚さの本を彼女はもう読み終わったらしい。
驚きの表情を浮かべていたサンジは、カウンター越しにの前に立った。
見れば、彼女の前に置かれたカップはもう空だった。
黙々と本を読んでいたようだが、しっかり美味しいうちに飲んだくれていたようだ。
ふ、と笑みを零したサンジは新しい飲み物を入れようとソーサーをさげ、に問う。
『ちゃんって、誰かを凄く好きになった事はないの?』
『好きに・・・?』
サンジの言葉に、は何処か天井を見て呟いた。
小さく唸るような声が漏れたのを聞き、サンジは「確実に無いな」、と苦笑いを浮かべる。
その反面、安心した気持ちも胸を掠めた。
それが例え過去の出来事であったとしても、
一時は彼女の心を占めたと言う男が居ただけで過去の時間に激しく嫉妬するだろうから。
『・・・サンジさんはあるんですか?』
『おれ?』
『はい。すっごく、好きになった人』
サンジが笑った事で、はどう思われたか気付いたようだ。
想い人が居なかった事を口にしてはっきりと言わないのはある意味肯定の証だったが、
言葉にしてしまうと恋愛暦も無いような幼稚な女に見られるかもしれない。
話をサンジの方へと向けようと、ちらりと視線を寄せる。
サンジは伺うように自分を見るを見て、無意識のうちに口を開いた。
『そうだな、あるって言うか・・・』
そこで、言葉は止まる。この続きを何と言って良いものか。
「凄く好きになった人」は、今、自分の目の前に居るのだから。
『言うか・・・』
何を言わんとしているのか、はサッパリ分かっていないのだろう。
真っ直ぐな瞳で息をゴクリと呑み、サンジをじぃっと見ながら本を握り締めるように持つ。
恋愛経験が多そうな彼から、紡がれる数多在る話を聞きたいのだろうか。
そして手にある本のような美しい恋愛話でも望んでいるのだろうか。
けれど残念ながらサンジは物語のように心に響く恋愛なんて一度もした事が無い。
淡い恋のようなものはあったかもしれないが、今に比べてみればただの恋に焦がれる幻想だった。だって、
『今、居るよ。心から愛している人が』
そう言ってサンジは笑う。
短い人生を生き抜いてきた今まで、こんなにも狂いそうな想いを感じた事は一度も無かった。
居なくなってしまったら自分の心なんて簡単に死んでしまえるんじゃないかと思う。
憧れでも恋でもない、この胸に熱く滾るものは紛れも無く愛だ。
『・・・あれ?ちゃん、どうしたの?』
ぼんやりとしこちらを見たまま反応の無いに、サンジは首を傾げた。
まばたきすらしない彼女は微動だにせず、サンジの問いでやっと肩をびくりと震わせた。
『すみません。な、なんか、サンジさんがいつもと違う人みたいで・・・』
『怖かった?』
『そうじゃなくて、あの、その・・・』
真剣に話すさまに違和感を感じたのだろうか。
頬を隠すようにが両手を添えると、椅子の上に本を置いたそのままにサンジと距離をとった。
一歩二歩と下がり、肩を竦めて身を小さくさせる。
見られることを拒んでいるような仕草に疑問を持ったサンジは一歩だけ歩み寄ったが、更には間を空ける。
『あれ?ちょっと?ちゃん??』
何か不味い事でも言ったのかとサンジは少しばかり焦った。
あからさまに近づく事を拒否をするに、情けなく眉を下げる。
『違うんです!』
急には声をあげた。
頬にあてた手と俯いた顔でどんな表情をしているのか分からなかったが、
声の温度からこれ以上距離を詰めてはならないことだけは分かった。
サンジは気の利く言葉を何か言いたかったが、戸惑いが先行して声が出せなかった。すると、
『だって、サンジさんが・・・い、いつもよりずっと、す、素敵に、見えて・・・』
真っ赤な顔を上げたが、小さく呟いた。
『何言ってるんだろ、私!失礼しますっ!』
そしてまたすぐ大きな声で場の雰囲気を壊すと、勢いよく立ち上がりドアの向こうへと駆け、消えた。
『・・・は?』
あっと言う間の展開に、サンジの固まったままの身体が動かない。
今の言葉なんて、二人だけだったから良かったものの、誰かが居たら確実に聞き逃していただろう。
それくらいか細くて、小さな声だった。
突然のの表情と言葉と置き去りの本。はっきりと脳裏に残るのに、理解が出来ない。
時計の音だけが空間に響き、時間が過ぎていくのを知らせている。
サンジが全てを理解してを追いかけるまで、あと、数分。
ロゼ・デライト
(貴方が真剣に愛を思う表情に魅せられた)2011/08/24
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