よく晴れた空の下、と肩を並べて歩く事にそう言えば慣れたな、なんてぼんやりとサンジは思った。 彼女はいつからか船に乗るようになって、いつからか当たり前のように自分の日常に居た。 もうが自分の生活から欠けることは許されない。それくらい彼女とは時間を重ねた筈だ。

そんな彼女と一緒に船を下り買出しをするのは、もう数え切れないくらい。 の歩調に合わせながらゆっくりと町を観察していたサンジは、今後の献立を航海の日にちと計算しながら考えていた。

『そこのお二方!』

ふらりと飲食系の露店にばかり吸い寄せられるの後を追っていたサンジに、声がかけられた。 振り返ると女性が立ち、その後ろには催事場を設置している老舗が見える。

『只今恋人同士の方を対象にアンケートを取っているんです。良かったら此方を見て行って下さい』

そう言った女性が促す方向を見ると、二つのグラスが置かれてあった。 細工の繊細な、ペアグラス。サンジがふっとその向こうの店舗内を見ると、 グラス以外にも食器やランプ、万年筆などの洒落た文具や高額そうな置物などが見える。 此処はガラス物全般を扱っているようだ。

『うわー・・・。綺麗ですね』

並べられた二つのグラスを見てうっとりとしたは溜息混じりに呟いた。 確かに、普段こんな素敵なグラスを使う事なんてないけれど、あったらテーブルや雰囲気がより彩られるだろう。 二人で傾け合い、好みの酒なんか入れたりしたら、このグラスの価値はいっそう煌く筈だ。 そう、大食らいの船長を筆頭とした大衆で食べるのではなく「二人で」と言う所がミソなのである。

『あの彼女さん、簡単な3つの質問に答えて貰いたいのですが・・・』

女性がペンを差し出すと、は席に着き言われるがままアンケート用紙に何か記入し始めた。 サンジが上から覗き込むと、確かに簡単な質問ばかりだ。 直ぐに終わるだろうと他所を向いて、視線を外した。

『ご協力有難う御座いました。では、お似合いのお二人に、どうぞ』

ものの数分で済ましたにそう言った女性はとサンジにピンクと白の細いリボンで飾られた透明なフィルムを差し出す。 見える中身はハートのクッキー。これはアンケートのお礼とでも言うのだろうか。 真っ赤なアイシングでハートの愛らしさを強調している。サンジは固まった身体をぎこちなく動かしてそれを貰った。

別に、クッキーなんてものは珍しくもなんとも無い。 御礼にしては安いもんだし、料理人としてはその味が美味いのか不味いのかと少々気になるくらいだ。 いや、今はそんな事どうでもいい。後で思い出す頃にはその言い訳は頭の片隅にも掠めなかったと気付くだろう。 素知らぬ顔をして居たのは、精一杯の照れ隠し。 「恋人同士」「彼女」「お似合いのお二人に」、 そんなの誰にでも言ってるのは分かってる。それがお礼を渡す彼女の仕事文句なのだから。 だけれどもその言葉に、ただただ自然と顔が緩む。 無邪気にクッキーを持つから隠すように仰いだ空は、息を呑むほど青かった。









(恋人同士とか、彼女とか、お似合いとか、
気にしてないフリをするのがどれだけ大変だったか)2011/07/19



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