『・・・何してんだ?』

サンジが図書室へ入ると直ぐに、一人一生懸命何かを切って貼ってる後姿が見えた。 その人物の周りには淡い色のテープと細かい紙が円を書くように散らばっている。 まるで子供が図工の時間を満喫しているかのような乱雑具合は、「あの」ウソップ工場を思い出させるほどだった。

『あ、サンジさん』

珍しく散らかった中心に居たのはだ。 一人でも十二分に楽しんでいました、と書かれた顔は幸せいっぱいの笑みで、 何気なく声をかけたサンジは思わずどきりと胸を鳴らす。

此処へは、彼女を探しに来た。 いつもなら忙しなく何か雑用をこなしているは、 ほおっておいても何処へ行ってても自分の視界に入ったのだが、今日は何処にも見当たらなかった。 普段見えている姿が見えないのは、例え海の上とは言えほんの少し不安になる。 何処へ行ったのかと手当たり次第辺りを見回して最後に来たのが此処だ。

『押し花を作ってました。ほら、サンジさんから貰ったお花がそろそろ枯れてしまいそうなので』

そんなサンジの気持ちを勿論知らないは、清清しい表情で花を指差す。 言葉通り枯れかかっている花々だったが、が一つ一つ綺麗に分け、台紙の上にセンスよく置いていた。 生花の鮮やかな色は失われていても、の手によって新しい色が宿っている。まるで生命を吹き返すかのように。

『随分大事にしてくれてるんだな』
『はい。サンジさんがくれたものですし、とても珍しい蒼で綺麗ですから。それと・・・内緒です』

どう作られているのか気になるのか、上から覗き込むように見たサンジに「ふふ」、とはにかんだは、 古ぼけた書物をニ、三手に取ると「これくらいの重さが良いかな」、と呟き一つ一つ花を選んで角度を決める。



『・・・内緒、・・・って』

嬉しそうに笑みを浮かべながら作業するを見ているうち、サンジの記憶は心当たりに触れた。

『あのさ、・・・ちゃん、』

サンジは一歩引き気味で、出だしが掠れるほど小さな声での名を呼ぶ。 呼ばれるがままに顔を上げたと視線がぶつかってまたもサンジはドキリと胸を鳴らし、 そのままくらりとよろけてしまいそうな気持ちになったが咳払いで取り繕った。 ごくりと息を呑んでへ視線を返すと、サンジはゆっくりと口を開く。

『それってさぁ、なんだ、その、・・・おれに似てるから、とか・・・?』

鼻の頭をかきながら、サンジは控えめに問う。



それは先日この花束をあげた日の事。 花瓶に花を活けるまで見張をウソップに頼んでいたが残した言葉を、偶然にも彼から聞いた。 はまるで自分に似てると、思ってくれたそうだ。 だから、似ているこの花束をここまで大事にしてくれているのかと思ったら、嬉しくて仕方なかった。 だって、は最後まで、捨てる事無くこれを傍に置くつもりなのだから。

サンジはから視線を外さない。まるで確かめるように、そして肯定して欲しくて。

『・・・え?』

は暫しサンジの瞳をぽかんと見ていたが、やがて手に持つ花に視線を落とすと花とサンジを交互に見始めた。 小首を傾げながらも何度も何度も見て、大きく開いた瞳をぱちくりとさせる。 目の前の彼と、手元の花。サンジと、空色の花。

『・・・あっ!?』

はもう一度蒼い花々とサンジを交互に見る。 ほぼ無意識に出た声は間が抜けていたがハッとした表情には答えが浮かび上がっていた。

『な、何で分かったんですか??』
『・・・カン?』
『だ、だって、すっごくサンジさんに似てて、大事にしなきゃって思って・・・』

振り返ったは口をぱくぱくとさせている。 勘だなんて、そんなの嘘だ。花売りは自分に似ていると言ってこれをくれたし、ウソップだってしっかりと零していた。 けれど、確実な情報源があったなんて絶対に言ってやるものか。 もしかしたら鈍感お嬢様から珍しく舞い上がれそうな言葉を聞けそうなのだから。

『何で?何で大事にしようって思ってくれたの?』
『サンジ、さん?』

そう言ったサンジは一歩、に詰め寄った。 瞬間、紙の乾いた音が足元から聞こえたのは、一歩が後ろに下がったからだ。 サンジから紡がれる極上の甘い声に、なかなか見れない真剣な顔。 見えない色香に押されたは、思わず更に一歩一歩と後ろに下がる。

『・・・似てるから、大事にしようと思ったんでしょ?』
『サンっ・・・!』
『それって、』

がサンジの名を呼びこの流れを止めようとしたけれど、それに負けじとサンジも一歩一歩と距離を詰め言葉を続ける。 もう少しで言わせられるかもしれないと思ったら、止められなかった。

本の匂いに包まれた図書室の窓からは、太陽の光りが一直線に差し込む。 ゆっくりと後退していただったが、視界にふと映った影が本来在る姿とは形を変えていて、後ろには壁しかないのが分かった。 もうさがる事は出来ない。横に逃れようとしても目の前には、逃げられないほど真摯な瞳を向けるサンジ。

、』
『・・・っ!』

誘うような声で紡がれた空間で、は身体を硬直させ息を止めた。 呼吸が止まるなんてそんなの無意識だ。思わず初めて聞いた声に身体が反応してしまった。 だって、サンジが「」と呼ぶなんて。



『・・・あれ?』

突然動きを止めたに、サンジは首を傾げた。 硬く俯いてしまうなんて怖がらせてしまったか、との顔を覗き見る。 少しだけ屈んで、さらりと靡く髪の合間から瞳だけでも確認しようとすると、 今度はサンジの表情、身体、更には思考が固まる。

『し、失礼しますっ』

その隙を突きはサンジを軽く押し退け、急いでドアの向こうへ駆けて行った。

『何・・・』

パタパタとの足音がどんどん小さくなる。 一人残されたサンジはその足音が聞こえなくなるまで、いや、聞こえなくなっても動けなかった。



『何あの顔、反則・・・』

が顔を上げて自分を見たあの表情は、幻だろうか。 頬を赤らめ、困ったように眉を下げ、桃色の唇を噤んで、あれはまるで、まるで「女」の顔だった。 いつまでも鈍感お嬢様だと思っていたのに、そうじゃない部分を出してくるなんて。

自分を意識してくれて嬉しいような、それが他の男、例えばゾロに向けられたら困るような、 けれど意識することを覚えないと巧くいくにしてもそうじゃないにしても、 自分の気持ちは永遠に終止符を打てないからやっぱり良いような、 どっちつかずの困惑した気持ちがぐるぐると胸の内を掻き混ぜる。

サンジは溜息に似た声を零すとそのまま床にヘタリと座り込む。
「でもやっぱりあの顔は可愛かった」なんて一人にやけて呟くのを、日の光りに射された空色の花だけが見ていた。









(大ダメージをくらったことすら気付いてくれてないだろうけど) 2011/05/27

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