いつだって、僕が欲しいのは 君のその
『ちゃ〜ん、お菓子の時間だよ。今日は君の好きなチョコを使ったケーキだ』
『うわぁ!嬉しい!』
穏やかな昼下がり、流れる雲と時折聞こえる鳥の澄んだ鳴き声。
潮の匂いをいっぱいに含んだ風と、温かい太陽の下の見張塔でぼんやりと辺りを見ていたにサンジが声をかけた。
そろそろ次の見張り役、ゾロとの交代の時間だそうだ。
サンジに言われて初めてはこの状況があんまりにも心地良く、時間を忘れていたことに気付いた。
見張塔に登っているからには何は無くとも気を張って居た筈。
疲れた身体に甘いものでもどうぞと笑うサンジに、は塔の上から手を振って答えた。
トン、と船板の上に小さな音を立てて降りれば、金色の髪を潮風に靡かせたサンジがふんわりと笑う。
その優しい眼差しにあてられたもつられてヘニャリと笑った。
でも実は、半分程チョコレートの事に思考が引き寄せらている。
この前立ち寄った春島に居た行商人から美味しいクーベルチュールを手に入れたと言うサンジの言葉が
自分を待つケーキの美味しさを想像させ、未知なる期待に喉をゴクリと大きく鳴らさせた。
『サンジさんの料理はいつも美味しいから困ります。お腹いっぱいでも食べれちゃうんですもん』
『そりゃ、料理人冥利に尽きる褒め言葉だな』
『この船に居たら、きっといつかかなり太って、今よりも更に役立たずになってしまいますよ〜』
両手を頬にあてて「もうあんなに食べてたら既に太ってるかもしれない」、と言うにサンジは眉を下げて笑った。
自分の作ったものを食べて笑顔を浮かべているは、正直言って可愛い。
いや、自分にとっての表情はどんな時も可愛い。
クルーと笑い会っている時は勿論、朝の寝ぼけ眼でラウンジに来る顔も、
嵐が来た時一生懸命船を走り回る姿も、慣れない魚を触ろうと必死な様子も、全部、全部。
『邪魔だ、クソコック』
『あ、ゾロさん』
『チッ・・・』
いつの間にかサンジの後ろから現れたゾロに、少しばかり宙を舞っていた世界からふと引き戻された。
サンジはゾロに聞こえるように舌打ちをすると、溜息と共に頭をかいた。
『おい、』
『ぅあは、はい!』
交代だ、と投げる視線は鋭くの背を自然と伸ばさせる。
名前を呼ばれ反射的に返事をするが、まだはどうもゾロの瞳に慣れない。
怖いとは違うのだが、あまりにも真っ直ぐでついつい緊張してしまうのだ。
そしてこう結果的に、声が裏返ったりする。
その様子を見て、いつもサンジは面白くない気分になる。
別に彼女がゾロを好きだとか、そう言うんじゃないのは十分過ぎるほどに分かっているのだが、
こう反応するのは意識している証拠ではないかと勘繰ってしまう。
いつか発展して恋に変わることは「無い」とは言い切れない。
『じゃ、じゃあ、後は宜しくお願いします』
『ああ』
何を考えてるのか、じ、と自分に視線をやっていたゾロにはしっかりと礼をした。
そしてサンジへと振り返る。
さらりと髪が風の流れる方向へと奪われ陽に射られた白い肌がやけに眩しく見えた。
『いつも有難う御座います』
満面の笑みを向けたにピシリとサンジの身体は凍りつく。
普段なら考えるよりも先に口が甘い言葉を囁いていると言うのに、
それすらも出来ないほどに綺麗で、可愛い、何よりも透明な笑顔。
もう一度礼をしたはサンジの返答も待たずに駆け出し、ラウンジへと向かう。
板を蹴る足音以外、波と、鳥の声と、風の微かな音しか聞こえない世界でサンジはゆっくりとその背中を目で追った。
『・・・モノで釣るのか』
ぽつり、見張塔に登る寸前、ゾロがサンジに向けて言い放つ。
『ああ?いつもそうだろうが!』
顔を歪ませ、煩いとばかりの表情を作ったサンジにゾロは相変わらずの無表情で接する。
そして暫しの沈黙後、溜息を零しながらゾロはサンジから視線を外した。
『今は「いつも」、だ』
その言葉に、サンジはハッとする。
クルーの健康面を考えている食事の時間はさておいて、それ以外は彼女の好きなものばかり作っている気がする。
チョコレートに生クリーム、キラキラの飴細工や宝石のようなゼリー。
だって、そうする事で彼女は自分に笑ってくれるし、彼女の時間を少しの間でも独占出来たから。
『まいったなぁ・・・』
自分でもはっきりと自覚していないのに、あのマリモ野郎に気付かれるなんて、よっぽど分かり易いんだろう。
何処から何処までが「普通」なのか分からない。
あんなに総ての女性を対等に扱っていたあの頃を、自分はもうすっかり忘れてしまった。
「まるで彼女に本気、みたいじゃないか」、
誰も居ない船板でそう小さく呟いたサンジは、自嘲的な笑みを零した。
境界ラプソディー
(鈍い僕の些細な独占欲) 2011/04/04
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