「貴方ってマメな男ね」
以前、自分をそう言った女性が居た。
彼女とは、別に特別な関係だったわけじゃない。 友達も彼も家族も、当たり前のように引き連れてやってくる常連客だ。 緩いウェーブのかかった長い髪にすらりと伸びた指先、 そして細いけれど豊満なスタイルは浮ついた自分を惹きつけるには十分で、 いつしかお互いの名前を当たり前のように呼んでいた。 今思えば友達、に近かったのかもしれない。

『マメ、ねぇ・・・』

そんな彼女の影を思い出したサンジは一息吐いて握り締めるように持っていた果物ナイフを置く。 辺りにはカラフルな果実が転がるように置いてあり、 甘い香りに包まれた空間で切ないような懐かしいような、妙な胸の感覚が胸に浮かぶ。 あの頃は女性は誰もが魅力的で、可愛くて、綺麗だと思っていた。 勿論友達のように言葉を交わしていた彼女にも、くだらない台詞を吐いたものだ。

バラティエに居た自分は、まだただの料理人だった。 大事な人が沢山居た宝船のような場所で毎日を尽くすように過ごしていた。 沢山迷惑をかけた。沢山怒った。沢山笑った。 けれど志を優先した今、帰りたいとは願わない。ただただ、懐かしいだけだ。

猫のような伸びをしたサンジが薄く明るくなってきた部屋の外に視線をやり、朝を迎えた事に気付く。 窓を開けると潮の香りを含んだ少し冷たい風が入り込んできた。 月は沈み反対方向が驚くほど綺麗な朝焼色に染まっている。

サンジは振り返り室内を見渡した。 今居る船内はあそこと変わらないほど心地良くて温かい。 大事な仲間が居て、大事な志が在る。そして、初めて出会った焼けつくように焦がれる人が笑ってくれる。

あの人は、笑うだろうか。 歯の浮くような台詞ばかりを口にしていた自分が、こんなにも臆病になっていると言う事を。 眠れなくなるほどに、彼女の事を思っている自分を。

『・・・マメさは、倍以上になったしな』

そう言ったサンジは、自嘲的な笑みを浮かべもう一度果物ナイフを手に取った。 愛しい想い人、彼女が起きたら一番に見せよう。 しつこくないたっぷりの生クリームと、卵を沢山使ったふんわりとしたスポンジ。 多彩な果物は旬なものを零れ落ちるほど、 そして細かに細工し宝石のように煌いた、この溢れんばかりの愛のかたまりを。

『・・・ちゃん、君に出会える為に在った全ての必然に感謝するよ』

サンジはそう言うと、まだ見ぬの表情を想像して満足そうに微笑む。
仕上げには、彼女に良く似たイエローカルサイトのようなフルーツを一粒乗せて。




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クロさん誕生日おめでとー!