木枯らしが吹く中庭。冷えた風が通る度に幾人か居る生徒達が自然と顔を顰めて肩を竦めた。 何処からか掃除の時間は特別億劫だと聞こえる。 名前も知らぬ生徒の言葉に確かに自分もそう思う、とエースは深く頷いた。 冬の掃除は冷たい水、冷たい風、冷たい床、冷たい壁に囲まれあっと言う間に芯まで冷える。 運悪く外の当番となった週は余計に項垂れたくなるものだ。

だが、いつもと違い今のエースには一桁の気温だとしても然程気にならなかった。 他の生徒が指の先まで暖めようと伸ばしている制服の袖を肘付近まで豪快に捲くり、 手が悴むほどの水で絞った雑巾を鼻歌交じりで翻す。

『エース君、元気ですね・・・』

その声に瞳を輝かせて、エースは振り返った。 今は寒さなんて気にならないのは、彼女が理由だ。 こうやってと過ごす時間があることが、自分には何より嬉しい。 寒い中庭だろうがつまらない授業だろうが、 理由無く一緒に居れるのだったら、どんな状況だろうとエースにとって有難いものなのだ。 このまま後数日を終え冬休みに入ってしまえば、そうはいかない。 身を凍らせるような風に吹かれての掃除なんて冬休みまであと数えるほどしかないし、 大体一日中やっているわけじゃない。 一緒に居られる時間ならどんなものだって、嬉しかった。

『そりゃ、と一緒に居られるならおれは楽しいからなぁ』
『また返答に困るようなことを・・・』

温かそうなコートを羽織っただが、身体を震わせ眉間に皺を寄せる。 エースの血色の良い手とは違い、箒を持つ指の先が赤い。寒さに体温を奪われているのだと気付く。 エースはの隣に立つと風から彼女を隠すように身体を傾けた。

『なぁ、。ク、クリスマスの予定は?』
『冬季講習ですが?』
『・・・だよな』

エースは小さく溜息を零す。 やっぱり彼女はイベントがあろうがなかろうが、「彼女」である。 真面目で勤勉で、まるで自分とは正反対な女。 時々不意に見せる表情はあんなにも魅力的なのに、普段は吃驚するくらい色気も可愛げもないのだ。 言葉に詰まり乱雑に頭をかいたエースは再び溜息を零した。すると、

『午前中だけですけど、もしかして、』
『そう!』

おお、珍しく言わんとした事を察したのか、はハッと顔を輝かせた。 エースはへ力強い瞳を返すと、は同じくらい力強く頷く。

『そうですか、エース君も受けたいですか、講習!』
『やっぱり!!』

「先生に伝えておきます」だなんてキリリとした顔で言うものだから、 エースは落胆と共にそのまま冷えた大地へと倒れ込む。 そうだ。これが彼女だ。これがだ。分かっていた、ついさっきまでそう考えていたじゃないか。 けれど、色気も可愛げもないと認識していても、少しばかり寂しいものがある。

クリスマスの予定を聞いたのだからクリスマスを一緒に過ごしたいのだと、そっちを察してくれ。 つまらない講習なんかじゃなくて、一大イベントの方を。

『エース君?大丈夫ですか?』
『・・・いや、』

心配そうにエースを見るを余所に、エースは低く落ち着いた声を出した。 今度は溜息ではない、大きく息を吸い、深く胸に入れて吐いた。

普通の女の子と同じじゃないから惹かれた。 色気もない、可愛げもない、おまけに突拍子も無い。 でも真っ直ぐで真摯で優しくて、コレでもかと言うほど純粋で愛おしい。それが「彼女」だ。

『クリスマス!デートするぞ!!』

勢いよく立ち上がると、エースはをしっかりと見つめた。 急過ぎて何を言っているのか分かっていないのだろうか。は単純に疑問符を浮かべた表情をしている。

エースはそんなの表情を見て、ふっと笑みを零した。 きょとんとして瞳をぱちくりとさせたこの顔は、きっと自分しか知らない。 いや、知らなくて結構。こんな可愛い顔、他の男に見せてやるものか。勿体無い。

『今晩、メールする』

優越感に似た感情は、更に胸を熱くさせた。









(その日はどうか、おれにくれよ) 2011/12/14

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