マルコが小さなノックに目を覚まし、寝ぼけ眼のまま戸を開ければ、
日本髪に結い上げ綺麗な女物の着物を纏う、だがまるで中身は青年の、三人吉三のお嬢のような出で立ちの男が立っていた。
『何しに来たよい・・・?』
『いい酒が手に入ったんだ飲もうぜ』
マルコの言葉に一升瓶を片手に持ったイゾウは表情を変えると、
やんわりと微笑み見せ付けるように酒瓶を持ち上げた。
それを二秒ほど見たマルコは、チラリと振り返り自室の時計を見る。時刻は0時前を指していた。
『・・・今からかよい?明日も早いじゃねーか』
そう言うとマルコは顔を顰めた。今日、こんな時間に寝ていたのは明日の為だ。
早朝に次の島へ上陸するだろうと思われるので、睡眠をしっかりととっておこうと言う考えだ。
何が起こる分からない海。寝れる時に寝ておかなければ。
『少しだけだ、良いだろ』
しかしイゾウはマルコの言葉を遮るように言葉を発すると、肩を掠めてマルコの部屋へと乗り込んだ。
マルコは入ってしまったイゾウの後姿に小さな溜息を吐くと、パタリと扉を閉める。
『・・・長いな、この船に乗って』
『ん?ああ、まぁな』
直接床に腰を下ろしたイゾウは、懐に入れていた包み布を取り出す。
鮮やかな布の中からはふたつ、杯が出てきた。コトリと静かに置いて、酒瓶の蓋を取る。
確かに、この船に乗ってから自分達は長い。数多の危機を乗り越え、楽しさも辛さも、幸せも共に分かち合ってきた。
時代の流れにたゆたうように、けれども時として突き進む。
そんな事が出来るのは信頼する本当の父親のような船長と、本当の兄弟のような船員があってこそだ。
『おれは一生此処に居るものだと思ってる。
隊長やってるけど、そんなの関係なく雑用からオヤジまで、皆と仲良くしてよ。
・・・こんな生活が、ずっと続くと思ってんだ』
酒を注ぎながらイゾウはそう漏らした。
別に、彼は先に酒を飲んでいた分けじゃない。
飲んだとしてもこんな風にしんみりとした話をする事は、一度だって無かった。
どうしてこんな話を急に、とは感じたが、
真摯な瞳を追ったマルコは余計な事は言わずイゾウの向かいに腰を下ろし、頭をかいてポツリと言い放つ。
『まぁ、・・・家族だからな』
『ああ、家族だからな』
同じ事を、イゾウだって考えていたんだ。いや、きっと此処に居る乗組員は皆そう思っているに違いない。
マルコがそう言うと、イゾウはゆっくりと微笑み深く頷く。二人の間に暫し、沈黙が流れた。
蝋燭が揺れ、酒の注がれた杯の表面にはゆらゆらと柔らかい光りが映る。
イゾウは一杯、ぐいっと喉に流し込むと瞳を一度だけ深く閉じて、直ぐに開けた。
『おれ、もう行くわ』
『は?まだ一杯しか飲んでねぇよい?』
『それは上等な酒だ。なかなか手に入らない。お前にやるよ』
『なんだよ、おめぇ・・・?』
『マルコ、明日からまた、宜しくな』
『あ?ああ?・・・ああ』
立ち上がったイゾウに、マルコは疑問符を浮かべたままの顔つきで答えた。
急に真剣な顔をしたと思ったら、上等な酒を飲まずに置いていくだなんてどうかしている。
それに「宜しく」だなんて、わざわざ何を言い出すのやら。
吉三のお嬢のような盗賊、もとい海賊の彼は、酒にだって独占欲を十分に持っているのに。
マルコは閉まってしまった扉の向こう、ゆっくりと消えていく足音を聞きながら首を傾げる。
自分が誕生日だなんて気付いたのはその後。昼に出かけた時だった。