パチパチとはじけるソーダ水の泡を見ながら、ぼんやりとしているにマルコは首を傾げていた。

目の前に座るは炭酸を特に好まない。 嫌いではないのだろうが、こうやって店に入った時に頼むのは大体紅茶や珈琲の類だ。 稀にフルーツやクリームが贅沢に乗る見ただけで甘ったるい、 食べない此方が顔を顰めるほどのパフェなんかを口にすることもあるのだが。 しかし珍しくそんなものを注文したのはどうしてだろう。 メニューも見ずに自分が頼んだものと「同じもの」と勢い良く言って。

考えてみれば今朝から少しおかしかったような気がしないでもない。 今居る島に上陸したのは明け方だったが、 その時何故か船を操らない彼女が同じように起きて邪魔にならない程度近くに居た。 それにいつもは船を下りて出かける時も、そうそう彼女から誘わないのだが声をかけたりもしてきた。 ただの偶然だと思っていたが、違うのかもしれない。



『・・・飲まないのかよい』

見かねたマルコは眉を寄せたままに問う。 レモンが入ったソーダ水はさっぱりとして喉に爽やかだ。 一口飲めばその芳しくない表情も少しは変わるかと思った。

『マルコさん・・・。今日誕生日だったんですってね』

しかし、は顔を上げることもせずソーダ水を見たまま、口を尖らせるような表情で言葉を返した。

『あ?ああ・・・?』

言われてみて、マルコは初めて自分が誕生日だったことを思い出した。 そして「そうか、皆は今年も覚えていてくれたのか」、とも思った。有難い。
と、なると家族を大事にする船長は、忘れる事無くきっと宴を開いてくれる筈だろう。 船内では大多数の人数がいてほぼ毎日誕生日やら何やらと宴をしているのだが 船長は誰一人の誕生日も忘れない。

だが、彼女は違うのだろう。最近船に乗り込み、最近自分と親しくなったものだから気を使っていると見える。 今更誕生日だなんて言って喜ぶ年でもないし、数日前から祝う、と公言するような仲間達でもない。 大体祝って貰おうと彼女に言うだなんて、大人の男としてもっての他だ。 ミントに強請る事なんか何一つないのだから。まぁ、忘れていたけれど。

兎に角、彼女は何を言いたいのだろうか。 俯かれてしまっては少しばかり表情が読みにくい。 次に出てくる言葉を待てば良いだろうかとマルコは椅子に背を預けると、暫しの沈黙に身を委ねる。

『昨日、イゾウさんに聞いて知ったんです。誕生日だって。でも私、何も用意出来なくて・・・』

そう言って、は更に俯く。 ぼんやりとしていた視線は、今度は膝の上でぐっと握り締めた拳に向かった。 やっぱり彼女が言いたいことは分からない。 けれど悔しそうな声を出してくれているのが、胸に嬉しく感じる。マルコは続く言葉に耳を傾けた。

『マルコさんと同じように起きて、同じように上陸した島を回って、同じものを飲んで、そしたら 少しはマルコさんの欲しい物が分かるんじゃないかって・・・』

「でも、分かりませんでした」最後にそう小さく聞こえた。

特にお洒落でも綺麗でもない、地元の客をターゲットにしたような商売っ気のない店。 けれど此処は何処か落ち着く雰囲気で、それに釣られただろう人々が疎らに座り ニューミュージックが店内を静かに包んでいる。

それらを見渡したマルコはの言葉で全てを理解し、溜息に似た息を吐いた。

『おれにはもう物欲はねぇよい。大体忘れてたくらいのモンだ』
『でも・・・』

はそこでやっと顔を上げた。眉を下げ、何か言いかけた口を噤む。 その顔のなんと可愛らしいこと。

『有難う、

マルコは自然と微笑んだ。 彼女のこの表情は今、自分の為。そう思ったらそれ以上欲しいものなんてこの世には無い気がして。

『お前の気持ちが嬉しいよい』
『マルコさん・・・。おめでとう御座います』
『ああ、どうも有難う』

マルコの言葉に、も優しく笑った。 いつもの空気に安堵すると、マルコはソーダ水を一口飲む。 この年になってしまった自分には求めるものより安定したものの方が魅力的だ。 大人な自分は求めない。海賊らしくないスマートな考え方も、実は嫌いじゃないから。 だから彼女にはただこうやって笑っていて貰うのが一番だ。誰よりも、一番自分に近い場所で。



『あ〜、良かった。 サッチさんやイゾウさんに、何も無かったら「私がプレゼントです」って言えって言われてたんですよ。 そんなものマルコさんにとっては何にもならないのに』

だから、含んだソーダを吹き出したのは大人な自分が残念だからとかじゃない。






(だがしかし大人気なく奴等を半殺しにすると誓う)



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