『!急いで右舷まで来て!』
『ナミ』
ナミの慌てよう、この雨は嵐にでもなるのだろうか。 割と整った岸に停泊は出来ているのだが、あくまで「割と」だ。 海賊船が整備された港に泊ることなど許されず、一味は今日も密なる場所を選んだ。 地図も無いこの島の形は分からないが、海流の流れが悪い場所を選んでしまっているのなら移動させなければならない。
ナミならそれも分かるのだろうとは思った。
『敵襲よ!』
しかし、ナミが言ったのはの考えるものとは違う言葉だった。 だが、珍しい話ではない。 この大航海時代、大なり小なりの海賊船は海へ飛び出し、己の力を見せ付けるもの、己の力として吸収するもの、 ただ略奪行為を行なうものなど、多々居る。 今回もその類かとはナミの隣へ駆け寄ると、ナミは右舷の方向を指差す。
『ルフィとフランキーとロビンはどっか行っちゃうし、ブルックとチョッパーは買い物行っちゃったし、 ウソップとサンジ君が今対応してくれてるんだけど、数が多くて・・・、って言うかウソップは役に立たないし、』
ナミはオロオロとし儚い表情を浮かべている。 美しいオレンジの髪がゆらゆらと風に舞い、同姓とは言えは暫し視線を奪われた。そして、
『それに、私は戦いたくないから!!』
キッパリ、ナミは言い放つ。もうある意味清清しいくらいで、彼女の意思に同意したは頷いた。 確かに、ナミは戦闘要員と言う感じではない。 けれど、人並み以上に戦えるし頭も切れる。ウソップの加勢に行ったとしても十分な力を発揮すると思うが。 ・・・が、言葉の通り戦いたくないのだろう。
『あ、ゾロ!アンタまた寝てたの!?居ないと思ったら・・・!!』
『・・・んあ?』
腰に手をあてていたナミはの後ろで寝ていたゾロに気付いた。 まるで気配を感じないさせないほど寝入っていたゾロの顔は寝起きです、と誰が見ても分かるほどしっかりと書いてある。 ナミに盛大に溜息を吐かれ見下されていたが、そんなもの何とも思っていないゾロには声をかけた。
『敵襲だって。私ウソップ見てくる』
そう言って一歩踏み出すと、降る雨も次第に強くなり、の肩やダークブラウンの髪を濡らし始める。 雨音と相まって段々と声が耳に聞こえてくる状況からすると、また人数が増えたのかもしれない。すると、
『・・・おれが行く』
ふらりと立ち上がったゾロは、の手を掴んで行く事を止めた。
『でも・・・』
『いいから』
『じゃあ私はサンジを、』
『アイツの所には絶対行くな』
『は?』
色々な音が混ざり合って、戦況は凄みを増しているのだと離れているここでも分かる。 は一刻も早くあちらに向かおうとしたが、強く握られた手が離されることはない。
『ナミと船内にいろ』
ゾロはじ、とを見つめる。 いつも無愛想な表情で、怖いくらいの瞳で、ぶっきらぼうな言葉で、近寄るには時間が必要だった頃は この視線に押されて「はい」と言ってしまっていただろう。 でも今なら分かる、それは心配をしてくれているんだってこと。 不器用な表現で、気付けなかっただけだ。
『行くよ、私』
はそう言うとそっとゾロの手に触れる。 引き離すよりも、振り払うよりも、ずっとこっちの方が伝わる。
に返す言葉を失ったゾロはバツが悪そうに掴んだ手を離した。舌打ちをし、諦めたように首を横に振る。 その反応に満足そうにニコリと笑ったは、くるりと踵を返した。
ナミが指差す方向へ行くと、既に幾人かの海賊が倒れていた。 おそらくサンジが倒したのだろう。 鈍い音の方へ視線をやれば、素早く見事な蹴りを繰り出し一網打尽にいしているサンジが捉えられる。 それによって、深く与えられたダメージに顔を顰めるもの、それを支えるように逃げるもの、 我先に海へと飛び込むもの、負けじと応戦するもの、これから戦闘に加入するものなど、船上は荒れに荒れていた。
サンジの実力があったとしても、これだけの人数を相手にするのは流石に大変だろう。 右を制しているうちは左がどうしても空いてしまう。これは誰にだって不可能な話だ。
戦うものにもそうでないものにも容赦なく雨が降り注ぐ。 は飛び込むように甲板へ降り立った。
鋭い刃物を持った長身の海賊が、の背中へと勢い良く振り下ろす。 はひらりと蝶のように舞いそれを避けると、そのまま海賊の腹部に触れた。 ただ、一瞬。手のひらが触れたように見えただけ。それだけでその大柄な海賊はよろめき、倒れた。
『能力者か!?』
動きを見ていた一人の海賊が、ゴクリと喉を鳴らして一歩後退した。 その動きを見て他の海賊達も一歩分間を開く。 得体の知れない力を持つものに、迂闊に戦いを挑む事がどれほど無謀だと、海の男達は知っていた。
『似てるけど、違うよ』
そう言うとは利き足に力を入れて一歩踏み込んだ。 そしてまた一人一人、腕を、足を、腰を、背中を、と順々に触れる。 次々と襲い掛かる敵からの拳を受け流し他方から放たれた銃声に身体を舞わせ、空と一つになる。
その時、視界の端に見慣れた男が映りこんだ。
『ウソップ!?』
が見ると、ウソップは数人の海賊に端の手すりまで追いやられていた。 逃げ場のないウソップはあのまま海に落ちてしまいそうだ。 普段ならそのまま飛び込めと言ってしまうのだが、今降る雨の量を考えるとそれも危険だ。 髪が雨で身体に張り付く、の身体は一気に緊張に包まれた。
声をかけ、そのひと時でも相手が怯めば良いと口を開いた途端、一人の斧を持つ男が、ウソップへにじり寄るのを見つけた。
『ダメだ!』
は甲板を蹴り、勢い良くその場を離れた。 掻き分けるように男たちの身体に触れると、そのものたちはふりとよろけ力なく倒れる。
雨と戦闘で良く見えない。がウソップの隣に行き着くのと同時にその斧は振り下ろされた。
『ウソップ!危ない!!』
『!?』
そう言ってウソップの前に飛び出たものの、は丸腰だった。 武器を持たず戦う彼女は、避けるすべを知らない。知らないが、出ずにいられなかった。
黒雲から雷が鳴り、雨が叩きつけるように激しく降る。 とウソップは覚悟したように瞳を閉じて、その一撃に備えた。
『・・・あれ?』
しかし、その一振りがに当たる事は無かった。 肩に手に、雨の強い雫が落ち続ける。 は空気を確認するかのように薄っすらと瞳を開け始め、そこでやっと理解した。
『ちっ・・・!』
『ゾロ!』
そこには、面白くなさそうな顔をしたゾロが刀を手にとウソップの前に立っていた。 雨を振り払い鞘に刀を納めると、ゾロがゆっくりと二人を振り返る。
『あの、』
視線は合ったもののの言葉に反応せず、ゾロはそのまま歩いて行ってしまった。 見れば、周りには先程までウソップを囲っていた男達が崩れ落ち、その向こうにも逃げる面々が見える。 ゾロが瞬く間に倒してしまったのだろう。は息を呑んだ。 そのまま先に視線をやると、どうやらサンジが居たあちらには何だかんだと言っていたナミが参戦したようだ。 片付いた戦闘に安堵の溜息を吐くと、の後ろから弱弱しい声が漏れる。
『悪ぃ・・・、』
『何言ってるの、ウソップ。ウソップだって同じような事するでしょ?』
そう言うに、ウソップは何も言えなかった。 確かに、自分だってそうする。仲間の誰がそんな場面に出くわしたとしても、自分は同じように身体を張るだろう。 だって、誰一人欠けたら駄目な、大事な大事な仲間だから。
は立ち上がり雨に濡れた髪をかきあげると、ゾロを伺うように見た。 降る雨量は増し、視界が悪い。船内に向かっているのだろうかと思っていると、ゾロの右肩に違和感を感じた。
『あれって・・・』
は急いでゾロのもとへと駆け寄る。 雨で滑る甲板に一度足を取られたが、立て直しては力強く蹴った。
『待って、ゾロ!』
『何だ』
はゾロの左腕を掴んで自分へと向かせた。 雨で見えなかった、滲んで分からなかった。 ゾロがこちらを振り返って、けれどそのまま何も言わず行ってしまったのは。
『・・・怪我、してる・・・』
返り血ではない。確かにそれも赤さを増す要因にはなっていたかもしれないが、そうではない。 段々と滲む鮮やかな赤は、間違いなく彼のものだ。 不意に出たりした自分を庇ってくれたせいだ。これはきっとあの斧での切り傷。その傷は、自分が負うはずだった。
『ごめん、私っ。早く医務室に・・・』
『別にたいした怪我じゃないだろ』
の思考でも読めたのだろうか。ゾロはそう言うと宥めるように優しく、優しく笑った。
見たこと無いほど余りにも優しく笑うから、 大粒の雨が強く打っても、雲よりも近くで雷が鳴っても、 風だって海を荒げ船を揺らしていても、そんな事は全く気にならなかった。
ゾロはの手を取って、しっかりと握る。 戦闘が始まる前の力とはまた違う。今度の方が強いが、痛くはない。 そのまま引き寄せると、ゾロはの耳元で小さく呟いた。
『お前に怪我されたほうが、痛い』
『・・・は?』
雨でよく、聞こえなかった。眉を寄せ、頭の中で反芻する。
『・・・はっ!?』
時間を置いて、理解したようだ。
次第に赤くなる顔にゾロは吹き出すように笑うと、の頭を撫でる。
『そう言う事だ』
撫ぜた手はそのまま首へ移動し、頬へ流れる。 もう一つの手が反対の頬に触れたかと思った途端、の唇にはゾロの体温が宿った。
清適ユビキタス
(僕の存在意義を君だけが分かってくれれば良い)
2011/06/29
(僕の存在意義を君だけが分かってくれれば良い)
2011/06/29
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イサキさま!リクエスト有難う御座いました^^ 王道・・・、王道でしたか?コレ。何か想像してたのと違ってたらごめんなさい。 もう十分強いヒロインが怪我するような状況もあのゾロが雑魚相手に怪我するような状況も考え付かなくて、 怪我するんならどうせ誰かを庇ってなんだろうな、ってトコに落ち着きました。そしてまさかのウソップ参戦。 ゾロは本誌でもそうですが、痛みには強いというか鈍いというか、な感じなのできっと今回の傷は痛くなんか無いです。 でも好きな人が傷つくのは心に痛いんです。意外と純粋ですね。愛しいです。
ではでは、リクエスト有難う御座いました。これからも宜しくお願いします!