『・・・はぁ?』
エースがニッコリと笑い、が訝しげに顔を顰める。こんな事はもうどれくらいやり取りしただろう。 はいい加減飽きた、もう面倒、と言う表情をして見せたが、エースには全く伝わる事が無かった。
『そろそろエース君の彼女にして下さいって言えよ』
放課後、学校の図書館でただ自分の好きな本を選び有意義な時間を過ごそうと考えていたは エースの放つ言葉に活字を追っていた視線を止めた。 ハードカバーの本を机に付けるとカツリと、それでいて重い音が鳴る。 そのまま全てが億劫だと分かる表情でエースを見ると、小さく口を開いた。
『・・・何で??』
疑問系、最大級。 これでもかと言うほど顔で表現したは、エースに伝わるように表情を変えた。 どうして「イエス」と言わなければいけないのか、どうしたら「イエス」と言えるのか。
『・・・は?それこそ何でって話だ。んなもん、好きだからだろ?おれが』
しかしエースの方は何がどうしてなのか分からない、と言った顔つきだ。
がただ好きで、学年が違うと言えど自分に空いてる時間があれば彼女の近くに歩み寄っていたエース。 勉強する真剣な表情も、好きな本を読んでいる時の至福に満ちた表情も、友達といる時の子供っぽい表情も、 自分が好きだったりしたから。けれど、
『そんなのアンタが、でしょ?』
一向に体温の変わらないはそう答えた。 まるでエースの愛嬌のある笑顔にも、独特な癖毛にも、距離を詰めるしっかりした筋肉にも靡いたりしない。 ほんの少しも傾かない意思のまま、再度本に視線を落とした。
『此処は本を読む場所よ。用が無いなら帰りなさい』
『用はある。の帰りを待ってるんだ』
『私は本を読みたいの』
『もう終わるじゃねぇか』
の手にある本は、確かにあと数行で終わりになろうとしていた。 何処までしっかりと見ているんだか。 適当そうに見えてもエースは時々洞察力の鋭さを見せたりする。 責任感が強い所や、皆に愛されているだろう雰囲気も。
年下に全く興味の無いだったが、エースが嫌いなわけではなかった。 ただ言葉通りに年下に興味が無いのだ。 エースは子犬のように愛嬌を振りまき年相応の魅力を持っていると思う。 男女ともに人気があり、そんな彼に「好きだ」と言われて正直嫌な気はしていない。 けれど、やっぱり年下と言う時点で自分には対象外なのだ。
『・・・まだ読む』
両手を合わすように本をたたむと、は椅子を鳴らして席を立った。 しん、と静まり返った図書室には人が疎らに座り、独特な空間の中では小さな音でも遠くまで通った。
『本なんて読んで何が面白いんだか』
の言葉にも表情にも全然めげない、どころか自分のペースを崩さないで居るエースは 同じように席を立つとの後ろについて歩く。 キョロキョロと周りを見回すと「政治・経済」「倫理・哲学」、そこで初めてエースは顔を顰めた。
『知識を得たりするのも楽しいでしょ?勿論物語を読むのも面白い』
『おれには一生分からねぇな・・・』
思った事をそのままに、エースはへと言う。 乱れぬ足取りで更に奥へと足を進めただったが、突然ピタリと足を止めた。 然程離れていなかった後ろを歩いていたエースは、思わず「おお」と声を漏らす。 もう少しでぶつかってしまうところだった、なんて言おうと口を開いた矢先、がそれを遮った。
『・・・バカな男は嫌い』
『は?』
『私、年下とバカな男はダメ』
本を右手に持ったまま腕を組んだは小声のままだがしっかりとした口調で言い放つ。 エースは呆気にとたれたような顔をしていたが、 いつものように涼しい顔をして流されるよりは耳に入っているらしい表情だったのでは満足した。
『じゃあ、私はまだ帰らないから先に帰ってて』
腕を組み解いたは本を持たない手をヒラヒラと振る。 まるで蝶が舞っているかのように優雅に空気を撫でるとエースをあとに目的の場所へと向かった。
『・・・ちょっと待て』
背にした方向から、珍しく低い声が聞こえる。 普段耳にするエースの声はどちらかと言うとふざけたような、明るいような、そんな声。 快活な彼らしい優しい声だったのに、とは思ったが何の気なしに振り返った。 そしてそこで、は少しだけ目を見開く。
エースは怒ったような鋭い、いや、これはただ真剣な瞳、をへと向けていた。
『それって・・・、どう言う意味だ?』
エースの瞳に強く縛られたはどうしてか動けなかった。 一歩一歩と間を詰めてくるのに、後ろに下がる事も手を出して押さえる事も出来ない。 勿論声を出す事だって憚られた。
『年なんて、あと10年も経ったら気にもならなくなる。大体この体格差見てみろよ? 他人が見たらどっちが年上か分からねぇよ』
『な、』
やっと声が出たのは、エースに片手を掴まれたからだ。 少し痛いくらいに握られ、上から覗き込まれるように視線を降らせる。 確かに断然大きなエースの身体はをすっぽりと影にしてしまえ、まるで大人に守られる子供のようだ。
『ちょっと!人が来る』
『こんな時間に哲学の本を借りに来る奴が居るか』
が顔をあげるとエースと視線がぶつかる。 余りの近さにまたが言葉を失うと、エースは悪戯な表情を浮かべニヤリと笑った。
『・・・大体、その言い様じゃあ、人が来なきゃ良いのかよ?』
そう言って、エースは更に距離を詰めた。 もう互いの瞳と瞳の焦点が合わないほどで、の髪にはエースの息がかかりそうになる。 がぐっと下唇を噛んで一歩後退すると、エースは同じように一歩分足を前に出す。 とは対象に余裕のある嗜虐心全開の表情は、正直いつもよりぐっと大人っぽく見えた。
『ちが・・・』
『もう逃げられねぇなぁ』
は自分の後ろにひんやりとした、冷たい無機質な感触が伝わったのが分かった。 壁だ。もうこれ以上後ろには逃げられない。 後ろが空いていないのならとはエースの左右を見るが、抜け出せそうな隙があるようには見えなかった。 そもそも万が一にも隙があって離れられたとしても、 彼の運動神経と自分のそれとを比較するならすぐ同じような結果になるのだと簡単に想像出来る。 と、言うか彼に敵う女性なんて、きっとこの世界何処にもいやしない。
『エ、エース!何考えてるの??』
こうなったら、とは言葉で説得にかかった。ふざけているだけならもう十分だ。
『そんなのの事に決まってんだろ?』
しかし、そうではなかったらしい。 相変わらず片手はエースのもの。しっかりと握られた部分は熱くなりどうしてか焔に包まれているように感じられる。 そして、それ以上に熱を持った視線を再度向けられた。
『』
『ちょ、待って!』
『待たない』
そう言ってエースはの何も耳に入れずそのまま引き寄せて自分の胸にすっぽりと納まらせた。 細いけれど筋肉をしっかりとつけた鍛えられた身体、自分よりも圧倒的に大きな身長と、 けれど決して自分を包んでいるのは強さだけじゃなく、優しい腕。 さっき片腕に感じた熱さなんて比じゃない。エース独特の温もりに、は瞳をまたたかせることすら出来なかった。 急にこんなこと。どうして良いのか分からないは呆然と立ち尽くす。
そんなを、エースは愛らしいと思っていた。 桃色に染まる頬はふっくらとし、驚きに震える瞳は光りを反射するほど潤う、 不自然に強張らせる体は自分が包むと見てた時よりもずっとずっと小さい。 エースは一度、しっかりと抱いていた身体を離すとの顔を見た。 隙間の空いた窓から風が入り込み髪が揺れて、ふわりと彼女の香りが舞った。それが合図かのように、
『キスしてぇ』
そう言ってエースはの髪に口付けを落とした。優しく、それでいて強引に。 何も反応出来ないでいるのは、きっとには分からなかったからだろう。エースがこんなにも、「男」だったなんて。
もう一度髪に口付けたエースはの顔を覗き見た。 愛しい。もう彼女に向ける感情はそれだけだ。 と視線を合わせると、エースはふんわりと笑う。は思わずそれにどきりと胸を鳴らした。
『・・・』
優しく名前を読んだエースの瞳が段々と閉じられていく。唇が微かに動き髪がさらりと流れた。 包まれた身体はエースに引き寄せられ、媚薬のような吐息がかかる。 はエースの嬌艶とした雰囲気に魅せられ、瞳を閉じてしまいそうになった。
けれど、
『うりゃっ!!』
『いてぇッ!!』
微かに守られていた理性はそうもいかない。 もう一つ、先程からエースには拘束されていなかった片手には返そうと思っていた本が。 その角をエースの頭めがけてカツンと一振りすると、容赦ない一撃が彼に直撃した。
『な、何すんだよ!!』
『その言葉そっくりそのままお返しします』
頭を両手で押さえたエースはいつものような、「少年」そのものだ。 普段通りのエースに安堵の息を吐いたはするりと彼の横を通り抜け本棚の先を曲がろうと足早に進む。 本を返したらこのまま何も無かったかのように帰ってしまおう、なんて思いながら。
『おい、』
そんなの行動をエースは読めたのだろうか。は少しだけ警戒した。
『おれはまだバカかもしれねぇけど、すぐお前の言葉を撤回させてみせる。良い男になってやるよ。今に見てろ』
しかし、エースはそう言っただけだった。そしてただにやりと笑って見せる。
『・・・結構です』
『冷たいな、おい!』
が背を向け歩き出すと、「さっきは可愛かったのに」なんて声が聞こえる。 やっぱりエースは自分を、ただただからかっているのだろうか。 あんな風に男の顔をして、甘い声で、優しい腕で、心臓に悪い冗談は止めて欲しい。 空いている手で頬にかかる髪を撫ぜた途端、はピタリとその手を止めた。頬が、熱い。
『あーあ・・・』
は一人、溜息に似た声を零す。
明日彼に会ったらどんな顔をしたら良いのか、なんて思いながら。
憂慮ドルチェ
(困るくらいに、甘い)
2011/06/23
(困るくらいに、甘い)
2011/06/23
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saraさま!リクエスト有難う御座いました^^ 今回はストレートなエースに口説かれると言う事で。 彼の場合はスイッチが入ったらもう一直線な感じがします。 でも、それまでは凄く時間がかかったりしそうです。 「好き」と言ってもふざけているような軽い感じか、天邪鬼な少年エースのような感じか。 どっちかがあって、最後にうぉぉぉぉ、と目的めがけて行って貰いたいです。 うん、色気に強引な感じがプラスされると最強な気がします。色々な意味で。
ではでは、リクエスト有難う御座いました。これからも宜しくお願いします!