『あぁ?』
がそれを指差せば、ゾロが眉間に皺を寄せて答える。 時間が空いた時はこうやって二人肩を並べ好きな事をする。それは最高に心地良い空間。
トレーニングの合間、ほんの時折だがこうやって二人で刀の図鑑などを「眺める」事がある。 本独特の簡素な香りと、長く座ってもくつろげる椅子。 壁全体を覆うように作られた本棚には船長を除く仲間全員の趣味が詰まっている。 そして、その本の中の一つ、ゾロは分厚い刀図鑑をしばしば眺めていた。
ゾロは、本こそを読んだりはしなくても刀の事が詳しく書いてある図鑑を見ているのは好きらしい。 どんな刀が在って、どんな特徴を持っているのか。 傍から見てもおおよそ勉強する為に読んでいるようには見えないが、 真剣な眼差しは持っている以上の賢さを演出していた。
『次の島に行ったら、良い刀に出会えるかな?』
『刃毀れしてたもんな、お前の。新しいの買うのか?』
そんなゾロをチラリと見たは、隣に置いていた刀へと視線を移す。 其処にある凛とした一本の刀は、のものだ。
それは此処最近ずっと自分の手の内にあった。 それなりに一緒に居た分、愛着があると言えばある一本で、鍛冶屋に立ち寄る時間があれば必ず研いで貰っていたもの。 しかし旅を進めているうちに出会う相手も強豪になりつつあり、 街のありふれた業師では刀を元の切れ味に戻す事が難しくなっていた。
『・・・新しい刀、かぁ。買うならナミにお金借りなきゃだなぁ・・・』
そう言っては天井を見上げた。 幾ら偉大なる航路の中、様々な島へ渡っていても納得するような業物にはなかなか出会えない。 大体業物なら収集家か美術館、名のある剣豪や海軍に引き渡される事が多く、耳に入れることすら珍しくなってしまっている。 は髪の毛をくるくると触りながらどうすれば刀を手に入れられるかをぼんやりと考えていた。
『アンタたち此処にいたの!?嵐が来るわ!持ち場について!』
すると突然、図書室のドアが乱暴に開いた。 見れば今、なんとなしに名を呼んでいたナミが外を指差し大きく身振りをしている。
『ほら、ゾロも早く!もう、いつもの恋人ごっこは後にして!』
厄介な嵐がくるのを敏感な彼女は感じ取ったのだろうか。 窓の外から見える景色は相変わらず穏やかであったが、彼女が言うのならもう時間の問題なのだろう。 荒い呼吸を整える事無く状況を説明するナミの様子を見ては慌てて席を立つと、図書室の外へ飛び出した。
『・・・あれ?』
ふと、廊下を走りながらはチラリと後ろに続くゾロを見る。
『何か怒って、・・・る?』
どうしてか黙ってしまったゾロ。 彼の口数が少ないのはいつものことだが、何処か表情がいつもと違う気がする。 が伺うように視線を寄せるが、彼の先を走っているせいもあってなかなか顔色が読めない。 心当たりがあるとすれば、今ナミに言われた言葉だけれど。
『・・・もしかして、ナミに言われたこと迷惑だった?「恋人ごっこ」』
気に障るような言い方はしていなかった、と言う事は気に障るような言葉だったのだろうか。 は視線を正面に戻して問いながらもう一つのドアを開け、空の下に出た。 高い二つの靴音が甲板を鳴らし、奥では既に他の場所で配置している仲間達の声が聞こえる。 彼らの動きは些か慌てていて、今ゾロに聞いたは良いが反応の無い返事を待つには時間がないと見て取れた。 自分も向かおうと甲板を深く蹴り込もうとした時。
『・・・別に迷惑じゃねぇ』
そう言ったゾロの声は辛うじて聞き取れる程度の小さいものだった。 勢いを持っていたは足を止めず木製の手すりをそのまま飛び越え、マストを背にして振り向く。
『良かった』
『ああっ?』
『じゃあ私左舷の方行くね』
にっこりとはしていたが少しだけ安堵の息を吐いたような笑顔は、眩しい太陽によって作られた影ではっきりとは掴めない。
今度はゾロが見えない表情に眉を顰めた。
『ま、待て!!』
『へ?』
『それはどう言う、・・・意味だ?』
言葉の通り、ゾロにはどうしてか分からなかった。 「別に迷惑じゃない」に対しての「良かった」、は一体どんなつもりで言ったのか。 時間が無いのは分かっていた。他の仲間が行き来するのもちゃんと視界に入っている。 こんな事を今確認するのはおかしいってことも、分かっていた。でも、の表情が気になって。
『は?』
『だから、何が「良かった」のか・・・』
ゾロはどう説明したら良いのか自分でも良く分からなかった。
どうせあとにしてと言われるだろうことも、想像出来た。が、
『ゾロが好き、だからでしょ?』
はきょとんとしたような、けれど潔白な瞳でそう告げた。
『お、お前っ・・・、』
そう言ったきり固まってしまったゾロの身体。 この後嵐が来るというのにいつものような柔軟なものへと戻るのだろうか。 と視線は辛うじて合わせているが、時々何処かへ彷徨う。 何も言えないゾロだったが色々と考える頭の片隅では一つ、「今、このタイミングで言うか」と冷静に考えていた。 まるで恥じることもなく、サッパリとした顔で、清清しい声で、真っ直ぐな瞳で、愛らしい微笑を浮かべて。
『それって、』
『急ごう!』
もしかしたら深い意味が無いから言ってるのかとゾロは思い口を開いたが、そうじゃ無いと直ぐに分かった。 瞳を逸らしたの後姿は彼女の愛刀と同じように凛としていたが、頬は徐々に美しい薔薇色に染まっている。 それが彼女の本音だと信じれるのは、信じてしまいたいと言う惚れた弱みもあると思うけれど。
『何してんのよ!!』
そんな時、突っ立っている二人へと「早くして」と言う鋭いナミの声が飛んできた。 急かす声の方向へと振り向いたが持ち場へ行こうとすると、掠れた声が耳を通り過ぎる。
『おれも、好き・・・だ』
嵐を呼ぶ風に、のストレートの黒髪が舞った。 聞こえた言葉に足を止め、幾度か茶色い硝子玉のような瞳を瞬かせたけれど、 耳まで赤くなったゾロの顔を見た途端、眉を下げて笑う。
胸が詰まるほどの表情に、ゾロは思わず全てを忘れて、全てを惹かれた。 自然と甲板を力強く蹴りとの距離を縮めると、予測不可な行動にもう一度は瞳を瞬かせる。 そんな仕草も、何もかも、全てが愛しくて愛しくて、ゾロはナミの声も強まる風をも振り払い、を力いっぱい抱きしめた。
至煌モメント
(ただの一秒だって我慢できなかった)
2011/06/10
(ただの一秒だって我慢できなかった)
2011/06/10
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なおさま!リクエスト有難う御座いました^^ もうなんか、いつも色々有難う御座います、という気持ちも込めて。 ゾロはね、時々ネジが外れちゃえば良いと思ってます。 誰が見てても誰に何言われても好きなら「止めない」、みたいな。された相手は気まずいでしょうけどね・・・。テヘ☆