深々と冷え込む甲板は、雪がちらつき始めた。 見張を兼ね、今夜の夕食確保に船で釣りをしていたウソップ、サンジ、ゾロ、はヒラヒラと花びらのように落ちる雪を追うように、ほぼ同時に空を見上げた。

『・・・雪か、こんな寒さじゃ魚釣れねーだろ』
『ここは冬島の近くだし、偉大なる航路は普通じゃねーから食えるもんの一匹くらい居るんじゃねーか?』

先程からひとつもかからない竿の先を見てゾロが溜息を吐くが、 ウソップはそれでもどうにかなるさと軽い笑いで返す。 本当は、ゾロは自分が海へ潜って獲物を仕留めてきた方が早いと思っていたが、 それを言うとまた「迷子になる」と、ありもしない理由で思いっきり止められるから言うのを躊躇っていた。 こんな所に四人で肩を並べて寒さに耐えているより、よっぽども名案だと思うのだが。

言葉数少なく竿を眺めるように見る四人へと降る雪の粒は次第に大きくなり、 風こそ吹かないが辺りの熱を奪い始めた。 もう一度空を見上げたを見たサンジは、彼女のコートの裾から見える手が赤くなって居る事に気付いた。

ちゃん、冷えてきたし中入ってなよ』
『いえ、大丈夫です。私だけ中になんて』

そう言ったの鼻の先は、指と同じように赤みが宿る。 思えば随分と長い間、甲板に出ていたものだ。 自分達と違って彼女は色々とか弱い。それなのに文句も言わず此処に座っていたのかと思うと 更に室内へ行かせたいと思う。

『そんなのいいから、風邪ひく前に中に入れ』

肩を震わせながら首を横に振るに、ゾロも声をかけた。 自分としては今夜の夕食が一品少ない事よりも、こんなことで彼女が風邪をひく方が困る。

、お前もう少し暖かいコートをナミに買って貰えよ。 長時間の釣りはそれからだな』

ウソップも二人と同じく室内に行く事を勧めた。 自分が病気になったことはないが、病気と言うものは辛いらしいから。 それに、になら金の亡者ナミも無利子で金を貸すし、そもそものものは彼女が買ってやっている。 欲がない彼女を支えるようなナミなら、きっと特別良い物を買ってくれる筈だ。 それを踏まえてウソップは言う。自分たちにはありえないことだと付け加えて。

『そう言えばウソップさんが着ているの、先日買ったコートですか?』
『そうだ。お洒落だろ?』
『あったかそー・・・』
『おう。なかなかのモンだぜ』

両手を擦り合わせていたはウソップのコートに視線をやった。 今のやり取りで、先日立ち寄った島でウソップが買物をしたと言っていたのを思い出す。 値段も手ごろで、今流行のデザインだと、そう言っていたような。

『入るか?』

興味深くマジマジと自分のお気に入りの一着を見るに ニヤリと笑ったウソップはコートの前を自慢気にガバリと開いた。 「暖めてやるぞ」、なんて冗談を言えばが顔を真っ赤にする様が思いつき更に頬を緩める。 彼女はやっぱり純粋と言うか、鈍感と言うか。

しかし、

『失礼しまーす』

今回の彼女はただの鈍感だったようだ。 至極当たり前にウソップの隣に並んでは、そのまま彼に抱きついた。 ぐ、っと両手をウソップの背中に回し、ひんやりとした身体をピタリとくっつける。 自分が思う以上には寒かったのだろうか、 熱を奪われていく自分の身体からとの接触部分の方が多いと知る。

『ちょ、お前・・・っ!』

ちょっとした冗談を抜かしたつもりだったのに、こんなにくっつかれては、困る。
は大事な仲間だが、女である。 厚いコートに身を包んでいても男とは違う柔らかさを持っていて、何処に触れていいのか分からない。 思いっきり開いたウソップの両手だが、行き所を無くし宙を彷徨った。 おまけに、驚きと戸惑いのせいで、顔に熱を帯びるのを感じる。

『何セクハラ行為働いてんだ、長っ鼻コラァ・・・?』

ただ、それは瞬時に冷め遣った。 まるで焔を背負ったかのように見えるサンジが、ゆっくりとウソップの正面に立つ。 ゾロに至っては口を開く様子もない。ただただ見下すような視線はいつもより更に鋭く、殺気に満ちていた。

『お、おい!、サンジやゾロの方が暖かそうだろー?!』
『ウソップさん、ぬくい〜』
『離れろ!こら!今すぐに!!』
『イヤです〜。離れたくない〜』

から「離れたくない」だなんて、気が抜けた言い方だとしても、羨ましい話だ。 余りの衝撃に、サンジとゾロはピクリと眉を動かしただけだった。 は気付かない。自分の背後が、どうなっているのかなんて。

『ウソップさん、ギュってして下さい。背中寒い』
『・・・くぅっ!馬鹿野郎!!!』

の頼みを聞けないわけがない。ウソップは投げなりに言葉を吐いてを抱き締めた。 ああ、柔らかい。ああ、良い匂い。ふんわりと頬を掠めるの冷えた頬すら心地良い。 本当に鈍感で馬鹿だ。だけどそこが愛おしい。は最高の仲間だ。



『・・・次はおれも抱き締めて貰っちゃおうかな、ウソップ君』
『・・・その次はおれだな』

の向こうに見える男二人は、据わった瞳のまま口元だけ笑っていた。 「抱き締める?羽交い絞めの間違いだろ?」、言いたい言葉は冷たい空気と共に飲み込んだ。

嫉妬に狂う男はこんなにも差し迫った表情をするのだろうか。 ふと脳裏を掠めた言葉は絶対に言えない。 「おれと同じ事思っても臆病なお前達が言葉に出来ないせいだろ」、なんて。




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